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新刊書目録

北九州中国書店から《中国近着書速報》 2009年28号が届いた。懐具合が寒いばかりか,読む必要を感じる本(古典を除く)のないこの頃,すっかり研究書の購入から遠ざかっていたのだが,何気なくメールを見ていると「春秋学研究(全2册)」というのが目に付いた。収録内容はここにある。

未見の本とはいえ,収録内容が分かれば価値は判断できる。民国期刊資料分類彙編の名の通り,本書は清朝最末期=民国最初期以来の春秋学関係の論文を収録したようで,康有為や劉師培・章炳麟から,顧頡剛らを経由して比較的最近(?)の著作に及んでいる。普通の人の感覚だと,康有為や劉師培の著作は古典のようなものかも知れないが,研究史的には一応民国の著作になっている。

残念ながら私にはこの手の研究書を縦横無尽に使いこなす力はないが,極めて個人的な興味の関心から,注目論文をあげると:

1.《春秋穀梁傳》條指 江慎中
52.《春秋公羊疏》作者考 潘重規

の2つが目にとまった。他にも有名な論文はあるが,単行書に入っていたり,序文だけの収録だったりするので,とりあえず改めて/新しく読みたいとすればこの2つになる。

江慎中の穀梁伝研究は,たしか『国粋学報』に掲載された論文で,社会進化論で春秋を解釈した変わりものだったと記憶する。もともと春秋学就中公羊伝には三科九旨などの「段階発展論」的な歴史観がある。宋代になるとこれが世変説のような学説に生まれ変わり,歴史一般を説明する概念に変貌するが,江氏はこれを穀梁伝にも適用し,社会進化論のような「進化説」で春秋を読み解こうとした(正確には無意識の内に清代の春秋学に流れ込んでいた宋代の思考方法が,公羊伝の研究によってより洗練され,それを穀梁伝に輸入して解釈しなおした,というのが正しい)。

これについては江氏と同時代の廖平にも似たような見解がある。廖平になるとひどいもので,春秋の諸国を世界の列強に当てはめ,日本を魯に当てるという学説を発表している。我々からすれば,なんで日本が中国の文化を守らねばならぬのか理解不能だし,当時の中国人からしても疑問があったろうが,それはともかく,古典的世界を直接現実の世界に適応させようという考えが,当時の民国にはあったのである(春秋学一般の傾向か否かは難しい問題なので判断を保留する)。

とはいえ私はおおむかし『国粋学報』でざっと目を通しただけなので,江氏の細かい論点などはほとんど覚えていない。興味を持った人は自分で調べてください。間違っていても責任はもてません。

次に潘重規の研究は,趙伯勇氏の『春秋学研究』に引用されていたので,論文の傾向だけは分かっている。しかし雑誌が近くになかったので,残念ながら未見のままになっていた。

潘氏の研究は公羊疏の成立年代を扱ったもので,日本の重澤俊郎氏の「公羊伝疏作者時代攷」(『支那学』6-4)とほぼ同じ結論に至ったらしい。世に言う春秋三伝には各々権威ある注がある。公羊伝には何休の解詁(かいこ),左氏伝には杜預の集解(しっかい),穀梁伝には范らの集解がある。そして三伝および注にはさらに疏(注の注)がある。杜預の集解には孔穎達らの正義,范等の集解には楊士の疏,そして何休の解詁には誰某の疏がある。

表示すると:

  • 左氏伝-杜預の『集解』-孔穎達らの『正義』(五経正義の1つ)
  • 公羊伝-何休の『解詁』-著者不明の『疏』(十三経注疏の1つ)
  • 穀梁伝-范らの『集解』-楊士の『疏』(十三経注疏の1つ)

公羊伝・何休解詁の疏を公羊疏と俗称するが,この公羊疏の作者はよく分かっていない。一伝には徐彦とあるものの,徐彦その人の生涯も生存年代も分からない。そこで「公羊疏の成立はいつか?」をめぐって宋代あたりから研究が始まるが,結局は六朝から唐五代までのどこか,という当たり前の結論になっている(下限が唐五代になるのは,宋代の人が同時代の著作と見なしていないので,その前の時代,つまり唐五代以前の成立となる)。

これに対して重澤氏は,公羊疏の文言を詳細に調べ,南北朝時代の成立であることを説明された。これは日本で極めて有名な学説で,半ば通説のような扱いになっている。ただ六朝から唐五代は現存文献が少なく,あらゆる考証は極めて零細な資料を根拠に用いねばならず,どうしても断定的な結論が出せない。そこで多くの可能性を想定しておく必要が生まれる。

この潘氏の研究は,重澤氏とほぼ同じ結論のようだが,研究者が異なれば着眼点や証明方法も異なるので,是非とも潘氏の著書を研究し,公羊疏成立年代の可能性を確認したいものである。

この2つ以外の論文にも有名なものは多いが,本叢書の傾向なのか,著名な単行書がいくつか収録されていない。論文を軸に収録内容を選んだのだろう。

前の李源澄の著作集でも触れたが,民国時期の経学研究は,研究対象として頗る価値がある。いわゆる西欧の衝撃によって打ち砕かれた中国の古典世界の限界と挑戦を,そこに見ることが出来るからである。経学とよばれるものの意味,および経学が今後存続するのか,あるいは存続/復活させるにはどうすればいいか,この辺りを考える上で最も価値ある時代である。

ちなみに私は経学が生き延びるには,経学につきまとう中夏中心主義を脱却しなければならず,脱却するには春秋学をどうにか片付けなければならないと思っている。最近中国でも日本の「漢学」が研究されているが,儒学や経学を中国・日本・朝鮮・ベトナムあたりまで広げてしまうと,中夏の存在価値はどうなるものか。この辺りは日本の朱子学者の間でもいろいろ問題になっている。

経学や儒学などは過去のものだと思う向きもあるだろうが,それは少し甘い。思想はそれほど分かりやすい形で迫ってこない。分かりやすい形で迫ってくるときは,受け入れるか玉砕するかの二択を迫られる段階まで来ている場合だ(専門家はもちろん別だが)。だから儒学や経学という,我々に分かりやすい形ですぐに迫ってくるわけではない。ふつうは「孔子は素晴らしいですよね」とか,「中国にも西洋の思想に匹敵するほど深いものがあるよね」とか,そういうソフトな感じで迫ってくる。

そして中国の思想=まあまあ素晴らしいから,中国の思想=素晴らしいになると,何が素晴らしいのか,どう素晴らしいのかが問題になり,いよいよ中国の思想の中心に儒学があり,儒学の根本思想は経学にある。では経学は何か?が問題となる。そして経学は中夏中心主義なので,中心になれない人となれる人の間で思想的な葛藤が生まれる。しかも中国以外の世界が大きいので,なおのこと厄介な問題となる。

もちろんこれは思想だから,広告が中国語になるとか,やたらあちこちに孔子の像が建つとか(これはありうるが)とか,軍事的な問題とかではない。人間の発想として,経学が問題になるということである。これらは歴史学の問題ではなく,思想の問題である。それも極めて現代的な思想の問題である。だから歴史的に思想を語る人々には,とても手に負えない問題といえるだろう。


と,めずらしく春秋学の大部の本が出版されるようなので,ちょっと興奮してしまった。わざわざ読んでくれた人ありがとう。でも値段が税込みで35700円というのがネックだよね。でもこれ大陸・台湾のどちらの本だろうか?論文名が簡体字なので大陸かな?

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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