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四書五経の訳本(1)

下書きのまま忘れていたのがあったので、手直しして公開してみた。ありきたりのことしか書いてませんので、ご存じの人はもちろん、深く知りたい人は無視してください。

最終更新日:2010/02/08
前回改訂日:2009/09/19

(*以下、本文)

今でこそあまり読まれなくなったが、四書五経は江戸時代によく読まれたこともあり、日本には多くの訳本がある。訳本にもいろいろ癖があるから、漢文や中国古典の趣味をお持ちの人は、おのおの好きなものもあるだろう。しかしちょっと興味があるとか、はじめて興味をもったとかいう人は、どのような訳本を読んでいいか、そもそもどんな訳本があるのか、案外分からないものだ。かくいう私も、自分の専門外のことは、その道の常識を知らない場合が多い。

そうはいっても四書五経の訳本は多い。手軽に読める文庫本から、やや本格的な単行本、少し難解な感じのする訓点本、最終的には原文など、さまざまある。また四書五経には四書五経の訳し方というのがあり、その傾向を抑えておかないと、訳者の意図どおりに正しく訳文を読めない。これは初心者には少し面倒くさいことかも知れないが、この点だけは抑えておかないと、つまらない遠回りを強いられることになる。

そこで比較的有名どころの四書五経の訳本を紹介するついでに、それらを読むための翻訳傾向らしきものも説明してみたい。少し長くなるので、便宜上(1)に四書五経の予備知識を、(2)に四書五経の訳本を、(3)にそれらを読むための翻訳傾向を記す。本来は(1)(3)(2)の順序で説明すべきだが、(3)はあまり歓迎されるものでもないだろうし、手っ取り早く(2)だけを求める向きの方もいるだろう。そこでこういう順序にしたまでである。

(A)お約束
四書五経(六経)は儒学の根本経典で、特に五経経書(けいしょ)とよばれる。五経は易経書経詩経春秋経の総称で、これにを加えて六経(りくけい)ともよばれる。ただし楽は書物(楽譜)が現存しないので、現存する経書に対しては五経、経書の理念を語る場合は六経などと使い分ける。なお易経・書経・詩経・礼・春秋経はおのおの春秋と略称されるほか、易・書・詩には周易尚書毛詩の呼び名もある。どちらの呼び方も多用される。この五経・六経の中、礼と春秋は複雑なので、少し立ち入って説明しておこう。

まず礼について。実は礼経と名付けられた書物は存在せず、『儀礼(ぎらい)』『周礼(しゅらい)』『礼記(らいき)』の三種類の礼書(三礼)の総称として「礼」という言葉が用いられる。この中、『礼記』は漢代の学者の礼に対する議論をまとめた書物で、厳密には経書でないが、来歴ある古書でもあり、むかしから準経書扱いされている。『儀礼』と『周礼』は扱いが難しく、どちらを礼の中心に据えるべきか、学者によって議論の分かれる。通常は『儀礼』を礼経(もしくはその一部)と見なし、『周礼』は後世の偽作とみなす。

つぎに春秋について。春秋経は独立の書物として存在しない。しかし春秋三伝三伝)と総称される三つの書物の中に全文が収められている。春秋三伝とは、『春秋公羊伝』『春秋穀梁伝』『春秋左氏伝』(略称:公羊伝穀梁伝左氏伝)の三種を指す。春秋三伝は春秋経の解釈書として古来尊重され、現在では三伝そのものが準経書扱いされている。したがって、三礼の場合と同じく、三伝の名称も覚えておく必要がある。

以上、五経・六経のほか、『礼記』と三伝も準経書扱いされることから、九経の名称が生まれた。改めて書いておくと、九経とは、易・書・詩の三つの経書に、『儀礼』『周礼』『礼記』の三礼、『公羊伝』『穀梁伝』『左氏伝』の三伝を加えものである。この九経に『論語』『孟子』および『孝経』『爾雅』を加え、十三経とよぶ。十三経の名称も有名なので覚えておく必要がある。

五経・九経に対して、『大学』『論語』『孟子』『中庸』の四つを四書とよぶ。この中、『大学』と『中庸』は、もともと『礼記』(三礼の一つ)の大学篇と中庸篇の二つを指すものだったが、宋代(日本の平安時代)に単行本化したものである。『論語』は早くから準経書扱いされた孔子とその弟子の言行録、『孟子』は孟母三遷などの故事成語を持つ孟子の言行録で、宋代から評判がよくなり、経書扱いされるようになった。

日本では五経より四書がよく読まれ、四書五経と呼び習わし、四書を五経と同列に見なすような向きもあるが、四書を経書と見なすことはできない。例えば、漠然と十三経と呼ぶ場合には四書も経書の中に加えられるが、厳密な意味で経書と認められるのは、易・書・詩・礼・楽・春秋の六経のみである。以上、五経・六経・九経・十三経・四書およびその書名は全て覚えておく必要がある。

六経易・書・詩・礼・楽・春秋
五経易・書・詩・礼・春秋
九経易・書・詩・儀礼・周礼・礼記・公羊伝・穀梁伝・左氏伝
十三経易・書・詩・儀礼・周礼・礼記・公羊伝・穀梁伝・左氏伝・論語・孝経・爾雅・孟子
四書大学・論語・孟子・中庸

(*)十三経、九経等に他の書物を当てる場合もある。以上の排列は覚えやすいように一例を挙げたに過ぎない。

(B)四書五経の内容

六経

(1)易‐占いの本。

〔概要〕陰陽・五行などの概念を用いて世界(森羅万象)を把握し、人間の吉凶禍福とその原因、およびその対処法を説明したもの。古来、占いを重視するか世界把握の哲理を重視するかで、学者間に対立があった。前者は象数易、後者は義理易とよばれ、象数易は漢代に、義理易は宋代に流行した。

〔構成〕易経は経文と十翼から成る。易の経文は暗合のような文章で、一説には古代のおみくじだと言われる。十翼とは、十種類の易経本文の解説書の意で、具体的には彖(上下)・象(上下)・文言・繋辞(上下)・説卦・序卦・雑卦の十種類を指す。伝説では、経文は周の文王・周公らの聖人が、十翼は孔子が執筆したとされている。十翼(とくに繋辞伝)は易の哲理、延いては中国思想の哲理を説いたものとして重視された。中国でも日本でも、五経の中では一番人気がある書物。

(2)書‐古代の王言集。

〔概要〕古代中国の聖帝たる堯や舜、聖王として名高い夏の禹王、商の湯王、周の武王・周公・成王らの言葉を中心に、夏商周三代の賢王の言葉を集めたもの。一部に春秋時代の諸侯の言葉を収める。古くは『尚書』と呼ばれたが、宋代あたりから『書経』と言われるようになった。一説によると、王者の言葉を収めたのが『尚書』で、事柄を記したのが『春秋』だと云う。

〔構成〕『尚書』の内容は、堯・舜以下の時代順に、虞書、夏書、商書、周書の排列で並んでいる。聖王の素晴らしき通りを歌った二典(堯典と舜典)もあるが、概ね「酒を飲むな」というような人間生活の訓戒から、都を遷すときどのように人々を説得したか、また悪逆の王を伐つとき、味方にどのような訓戒を垂れたか等々が記される。全般的に名言集というには少し重い言葉が多い。『史記』本紀(五帝~周前半)は『尚書』のダイジェスト。なお『尚書』には今古文の問題が避けられない。これについては(3)で扱う。

(3)詩‐古代の漢詩集。

〔概要〕伝説によると、古代の聖王は民草の歌う詩を集め、その土地の風俗を知り、政治の参考に供したとされる。楽しげな詩であればその土地の政治はうまくいっている、淫乱な詩であれば政治のやり方が間違っている等々。そうして集めた詩に、夏商周三代の朝廷賀歌を加え、孔子が三百首あまり選抜したのが『詩経』とされる。『詩経』は純粋に古代漢詩集として読む場合と、経世の大法を記したものとして読む場合とで、解釈に著しい差異が生じる。

〔構成〕『詩経』は、周のお膝元の風俗を歌った二南(周南と召南)以下、各国の歌を収めた国風(某国の風)、宮廷歌である小雅、大雅、頌が並ぶ。

(4)礼‐儀礼書。

〔総論〕礼の指す範囲は広い。上は王朝の制度から、下は士(最下級の貴族)の礼儀作法に至るまでを包括する。その礼経として古来尊崇を集めたのが三礼――『儀礼』『周礼』『礼記』の三書である。『儀礼』は士の礼儀作法を論じたものだが、諸国の礼に触れるところもある。『周礼』は周王朝の行政典範で、官僚制度の一覧が提示され、各官職の職務が詳述されている。『礼記』は礼に関する議論をまとめた雑駁な編纂物で、漢代の学者の手に成る。

〔概要〕『儀礼』は礼経そのものとされる。しかし昔から難解をもって知られ、かつての中国の知識人ですら読み難いと愚痴をこぼししていた。礼儀作法が細かく記されているので、古代の習俗を知るには便利と言われているが、建物の配置、作法の具体的手順、物品の種類と配置等々、図がないと理解し難いところが多い。〔構成〕『儀礼』は古くより権威ある書物であったが、伝承者によって排列が大きく異なる。現在は前漢の劉向の排列を用いているが、戴徳の排列が優れているという人もいる。いずれにせよ人によって排列が異なるので、一概に構成を論ずることはできない。

〔概要〕『周礼』は偽書の疑いある本で、前漢に劉歆が作ったと噂され、また戦国時代の陰謀の書物だとも言われる。『周礼』も『儀礼』と同じく難解をもって知られる。しかしこちらは『儀礼』と異なり、中国人にとって理想的国家体制を論じたものとして、昔から愛好家が多い。〔構成〕『周礼』全篇にわたり官職の名前とその職掌が列挙されている。簡単に説明すると、まず天子の下に天地の二官と春夏秋冬の四つの官があり(総じて六官という)、その六官が各々規則的な官僚を抱え、王朝を維持していくという国家体制ないし行政典範を描いたのが本書である。天官・冢宰とか、夏官・大司馬とか、秋官・大司寇などの称呼は本書に見える。なお『周礼』の最後にあったとされる「冬官」は散佚して存在しない。現在では代わりに「考工記」なる技術書が附加されている。

〔概要〕『礼記』は古来『小載礼』と呼ばれ、『大戴礼(だたいらい)』と区別されたものである。後々『小載礼』のみ世間に行われるようになったので、「小戴礼記」が『礼記』の一般的称呼となった。『礼記』は礼についての雑多な議論を時の礼学者・戴聖が編纂したもので、内容的には王制篇など国家制度を論じたものから、曲礼篇のような礼儀作法を解説したもの、さらには大学篇や中庸篇のような礼の意義や哲理を解説したものまで、統一性のない雑多な読み物に過ぎない。しかし三礼の中では一番読みやすく、役に立つというので、のちのち礼の中心的位置を占めるようになった。なお『大戴礼』の編集者は戴聖の親戚の戴徳である。

(5)楽‐楽譜。

〔概要〕伝説では、周の王朝は人間生活にふさわしい音楽を作り、諸侯に頒布したが、時代が降るにつれて音律が狂い、ふしだらで不謹慎な音楽が流行するようになった。孔子は学問を修め、かつて周王の作った正しい楽譜を復元し、当時の音楽を正したという。それが楽経である。したがって楽経は楽譜のこと。既に楽譜は失われたが、楽の理論だけは『礼記』楽記に残っている。

(6)春秋‐魯の年代記。

〔概要〕魯国の年代記に孔子が手を加え、褒貶筆誅を下したとされる書物。春秋については本ブログの至る所で書いたので省略する。〔構成〕隠公・桓公・荘公・閔公・僖公・文公・宣公・成公・襄公・昭公・定公・哀公の魯の十二の君主の出来事が年代順に並んでいる。全242年。

四書
(1)大学
〔概要〕もとは『礼記』の一篇だが、宋代に単行本化された。『大学』を独立の本として扱う場合は、朱子の『大学章句』を指す場合が多い。朱熹の解釈では、『大学』は孔子の弟子・曾子の作という。『大学章句』も『礼記』の一篇であることには変わりないが、本文を大幅に改造しており、一見すると別の書物に見える。内容は、一人の個人的努力がまわりまわって国家を治め天下を平らかにすることになると説いたもの。小部の書物。『大学章句』は本文中に格物補伝とよばれる朱熹の増補がある。

(2)論語
〔概要〕孔子とその弟子達の言葉を集めたもの。聖人の言葉というので昔から準経書あつかいされた。あまりに著名なので省略する。

(3)孟子
〔概要〕孟軻の言葉を集めたもの。古くは『荀子』と併称されたが、宋代に激しい論争の末、四書の一つに加えられた。『論語』と異なり、『孟子』を嫌う人は多い。『孟子』嫌いは二通りあり、一つは孟子の尊大さに眉をひそめる人、もう一つは孟子の王権批判を嫌う人である。後者は司馬光の『疑孟』、李覯の『常語』が有名。私も嫌いなので、詳しい説明は省略する。全体的に仁義で世の中が治まるというおめでたい考えで満ち溢れている。

(4)中庸
〔概要〕『大学』と同じく『礼記』の一篇。いわゆる中庸の徳を説いたもの。孔子の孫・子思の著書とされている。単行本として扱う場合は、『大学章句』と同じく、朱熹の手に成る『中庸章句』を指す場合が多い。ただ『中庸』は早くから単行本化の流れがあり、『中庸』重視の伝統は『大学』よりも長い。また『大学章句』とは異なり、『中庸章句』の本文は『礼記』中庸篇とほとんど変わらず、解釈に変更があるに過ぎない。


............ようやく訳本を列挙する段になったが、長くなったので次にまわすことにする。


四書五経の訳本(1)……基礎知識のみ。訳本の一覧はない。この頁。
四書五経の訳本(2)……訳本の一覧。
四書五経の訳本(3)……予備知識。訳本の一覧はない。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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