スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

左氏伝の流行

竹内照夫氏の『春秋』は春秋学の解説書として立派な本だと思っていたが、読み直してみると、あちらこちらに誤植があって、ちょっと問題だということが分かった。専門家を相手にというなら、誤植は自分で発見しろ!と強気に出られるが、普通の人を対象に入門書を出して誤植が多いとあっては、あまりいただけない話しだ。それも固有名詞を間違えるのはよくない。

その誤植の件はともかく、読んでいて少し気になるところがあった。48ページ以下に、春秋三伝の中、我が国には左氏伝が流行し、公羊傳と穀梁伝は流行しなかったという説明がある。まあ事実としてはそうなんだが、竹内氏はそれは単に江戸時代だけでなく、古代からそうなのだと、理由を次の3点に求めていた。

1.公羊と穀梁は漢族の社会正義と国家理想を本意とする学説。したがって、他国民は共感しない。
2.公羊は革命を是認しており、我が国体と一致しない。
3.公羊と穀梁は表現が理屈っぽく粗雑で、美文主義の傾向が強い我が国古代人に受け入れられなかった。

だから養老令に公羊と穀梁が取られなかったというのだが、これは本当だろうか?

我が国に於いて、公羊と穀梁よりも左氏が流行したというのは事実だと思う。しかし養老令が発布されたころは、中国は唐で、その時代はほぼ左氏伝独尊の時代だった。もし日本が純粋に中国で流行している学説を輸入しただけとするなら、公羊と穀梁がなおざりにされても不思議ではない。

もう一つ、なるほど確かに我が国には江戸時代にも左氏伝が流行し、公羊と穀梁はほとんど無視されていた。それを証拠に、左氏伝は優れた注釈が多く作られたのに、公羊と穀梁はわずか林羅山の訓点があるに過ぎない。無知蒙昧の古代はともかく、我が国の知識人が取捨選択した結果、やはり左氏伝が選ばれたのだ、とは言い得るかもしれない。

しかし忘れてならないのは、江戸時代に流行した春秋学は左氏伝のみでないという点だ。江戸時代には胡安国の『春秋伝』が輸入され、それなりの猛威を振るったのである。特に道学者の間では。だからかつて『五経索引』が作られ、その本文が別冊として掲示されたとき、春秋経文は胡安国の『春秋伝』から採用されたのである。

さらに付け加えるならば、我が国で左氏伝が読まれたのは確かだろうが、その読まれたところの左氏伝は、春秋学の解釈書として読まれたのか、それとも単なる春秋時代の歴史書として読まれたのか、いずれか?おそらくその両者を含んで読まれたのだろう。ならば我が国で流行した左氏伝をもって、春秋学という学問に関わる本の中、左氏伝が最も好まれたと言うのは、やや言い過ぎの感を免れない。

と、たいしたことではないが、読みながら気になったので、備忘録がてらに書いておくことにした。そうそう、言うまでもないが、私は春秋三伝の中、穀梁伝が一番好きだ。


スポンサーサイト

テーマ : 読書メモ
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

awatan

Author:awatan
HN:江藤清通
かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

自営サイト
最近の記事
カテゴリー
リンク集
全記事表示

全ての記事を表示する

FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。