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『漢書』の在庫切れ

知らなかった。『漢書』の文庫本は在庫切れになっていたんだ。おなじ筑摩書房の文庫でも『史記』の方は在庫がまだあるらしいのに(本紀は筑摩書房のサイトでは在庫切れのようだが)。いやはや、なんというか、ご愁傷様です。

中国では『漢書』と『史記』は併称され、どちらもよく読まれた書物なのだが、日本ではなぜか『史記』の方が有名で、『史記』の方が断然おもしろいという人もいる。ということで、『漢書』の在庫がなくなるのもまたやむを得ぬところだろう。

かくいう私は『史記』よりも『漢書』の方が好きだったりする。もちろん『史記』も好きなことは好きだ。例えば本紀の経書とだぶる部分とか、世家の一部(斉・魯などの聖賢の時代と関わる部分)、あるいは孔子世家と孔子弟子列伝などなど。ただし戦国期以降の『史記』は読む気にならない。『史記』には独特の土臭さがある。面白いと思える人はそこが面白いのだろうが、私はその土臭さがたまらなく嫌で、その手の話の多い戦国~漢代の『史記』は読もうと思わない。むしろ王朝の基盤が定まり、窮屈な中でセコセコ生きた人々を描いた『漢書』の方が楽しく思える。

実際の所、現在の生活に近いのは(といっても相当遠い世界だが)、『史記』よりも『漢書』だろう。自由にのびのびと世界を破壊しまくる――なんて『史記』の世界は、現在では難しい。善くも悪くも、己の身一つでどうかなるほど、この世は簡単でなくなった。だから『史記』と『漢書』のどちらが為になるかと言われれば、私としては『漢書』を推したい。

とはいえ、この訳本『漢書』、あまり分かりやすい翻訳とは言い難い。直訳というと聞こえはいいが、王先謙の『集解』を種本に、書き下しに少し手を加えたような翻訳になっている。「これを某す」とか言われても、「これ」は指示代名詞ではなく、某の動詞たることを示す「これ」ではないのか、と思える部分もある。この文庫が発売されたとき、既に単行本は入手不可だったので、私もこれを買ったが、正直なところ、あまり使った覚えがない。

ちなみに『漢書』は美文で知られる。この美文というのは、その文章の論述が美しいというだけではなく、その文字(漢字)の用い方が美しいという意味でもある。したがって、美文の『漢書』は、どれほどの達人が翻訳しても、原文の美しさは損なわれる。もっとも、これはどんな言葉で書かれた古典にも言えることだろうけども。

どうせ美文が損なわれるなら、漢文臭味を完全に排除した新しい『漢書』の翻訳を目にしたいものだ。

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