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更新記録+劉敞雑感

先週の続きで、劉敞の『七経小伝』巻上および巻下、『公是弟子記』巻1と巻2のテキスト、その他、序跋類いくつか。例の如く、以下は更新場所のリンク。

・春秋学関係の序跋
・『七経小伝』巻上および巻下
・『公是弟子記』巻1巻2、その跋文

それにしても久しぶりに劉敞の『七経小伝』と『弟子記』を読んだ。両書ともに劉敞思想の必読書であり、その春秋学を理解する上でも不可欠な書物ではある。しかし前に読んだときはあまり気づかなかったが、改めて読み直すと、なるほど彼はずいぶん老荘(『老子』と『荘子』という意味)から影響を受けているね。基本的に劉敞の経学説はテクニカルな話しが多い。特に春秋学のような専門中の専門は、どうしてもその傾向が強くなる。しかも宋人の云うように、春秋や尚書は事柄の学問だけに、専門的な研究者であればあるほど、事柄の証明に労力が費やされ、思想方面の発言は少なくなる。

しかしそれが『論語』のような書物になると話は変わる。『七経小伝』の巻下は全巻が『論語』の解釈に充てられている。解釈といってもいい加減なもので、完全な注釈もあれば、備忘録ていどのものも多い。劉敞の『論語』解釈は北宋当時においても有名で、経筵で講義されたほどだったが、現在から見ると、新説というよりは、変わった解釈が多い。日本でいうと荻生徂徠の解釈と一致する部分があるのが面白いところだ。話が逸れてしまったが、要するに、劉敞の『論語』解釈を読んでいると、思いのほか老荘から受けたと思われる発言が多く、少々驚いた。そういえば朱熹が「劉敞は結局老荘だ」とか言ってたなと、今更のように思い出した。もちろんだからといって朱熹に敬意を表す気はサラサラないのだが。

もう一つの『弟子記』は劉敞の箴言集なので、まあ思想的な発言が多いのは当然だ。おおむかし読んだときには、難解すぎてよく分からないところが多かった。今回はどうだろうかと思ったが、やはり意味不明なところが多い。まぁ、劉敞は頭の良い人だからねぇ、文章に省略が多くて、論旨が摑みにくく、そこが難解な理由だと思う。以前よりは読めたと思うが、意味不明なところも相変わらず多かった。ちなみに句読は意味が分からなくても付けられるので。例えば「あの山は屍が羊だったのだ」という日本語を理解するのは至難の業だが、「あの山は/屍が/羊だったのだ」と区切ることはたやすい。これと同じことである。

劉敞ついでにもう一つ小ネタ。

劉敞には易学に関する著述がない。経学の大家にも関わらず易学の発言を欠くのは残念という呉雁南氏らの発言は、確かに正しい。もっとも劉敞も易学に興味がなかったわけではないらしい。未完成の著作に易学関係のものがあり、また『公是集』にも易本論なる論文が残っている。しかし果たして劉敞が易学に造詣が深かったか否かは、かなり疑問がある。未現存の書物はともかく、その易本論にしても、序卦伝の焼き直しのような論文で、新味に欠ける。いや、劉敞はすべての物事を形式的な側面で体系的整合的に捉えたがる癖があるので、易も形式的に体系を構築したかったのかもしれない。しかしそれだけといえばそれだけのことで、『弟子記』から易学関係の言葉を拾ってみても、あまり芳しいものはなく、むしろ無視してるのかと思えるほどだ。この点はちょうど程頤と好一対というところだろうか。

とはいえ、易学に縁のない人間は礼に詳しい。劉敞の経学の真髄は礼にあるというのは、上の呉氏らの発言であるが、これも正しい。彼が礼をどれほど重視していたかは、春秋学の著作にも見えるが、それ以上に『弟子記』によく現れている。しかし畢竟礼はそれのみでは意味を持ち得ない。何か具体的な物事に即して、始めてその存在意義が発揮される。その点、春秋学は劉敞に最適だったのかもしれない。春秋学と礼学は表裏一体。礼の規定に外れればこそ筆誅が下り、規定に合致すればこそ褒賞が加えられる。そして礼とは具体的な状況に即して変化するものであるが、同時にそれは五礼などと総称され体系化されるように、強度に形式的な体系性を追跡する学問でもある。礼の実践が春秋学上で可能なのだから、劉敞が春秋学に熱を入れても不思議ではない。

よく言われるように、易学というのは儒学者にとって抜け穴の一つになり得る。本来ならば、儒学者は全てのことを人事で処理しなければならず、そこに偶然の入り込む余地はないはずである。しかし現実には易占のような偶然性を持ち込み、人倫のみの世界に風穴を開けている。これはこれで意味のあることだろうが、一個の人間として、そのような不可解なものに牽かれる人と、それを突っぱねてどこまでも人倫一筋で理知的にゴリゴリに生きていこうとする人もいる。易学に牽かれる人間は、うまくいけば融通無碍で、非常に柔軟性のある知性を持ち得る。しかし逆にゴリゴリに生きて行く人も、うまくいけば、どこまでも真っ直ぐで強い人間になり得る。どちらを好むかは畢竟その人の性格しだいだろう。

劉敞は頭が良く、しかも人心の機微を見抜く学者だから、一つのことだけで単純に捉えることはできないが、彼の春秋学を考えるときには、そういう点もあながち無視できないものだと思う。もっとも人間は単純でいて複雑なものだから、劉敞の嗜好が春秋学に近かったのか、それとも春秋学を研究したからそんな性格になったのか、結局のところ、考えようによってどちらとも言えるものではある。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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