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やはりないか

昨日はつまらない愚痴を書いてしまった。しかもぼけーっとしていたせいか、ややこしい書き方をしてしまった。勘違いした人がいたらごめんなさい。

ええっと、歴史地図といっても、例の『中国歴史地図集』は持っております。たいそうお世話になっております。ですがこの『中国歴史地図集』では少し物足りないところがあるのです。それはなにか?地形、是れなり。河川は除く。

中国の地面に詳しい人(あるいは旅行好きの人)なら必要ないと思うのですが、私は自慢じゃありませんが、日本の地形ですら怪しい知識しかありません。それが歩いたこともない土地の地形を理解するなんて、もう、ねえ、なにかの冗談ですか?という感じで、風景の一枚も脳内に浮かびません。

でもたまにこの地形が分からないと意味のとれない資料がある。その典型的なのが、土地改良政策(治水ふくむ)と軍事活動です。前者は興味がないのでハナっから諦めてますが、後者はふつーに政治問題化するので、ちょっとは理解できないと困るのです。............いや、困ることはないが、私が知りたいので、分からないと困るのです。人間、自分の好きなことは特別なのです。

例えば、澶淵の盟が結ばれる前のこと、太宗の時代、宋は二回ほど契丹に遠征したのですが、その時の行軍行路が意味不明。次に神宗の時代、宋は大夏(いわゆる西夏)と戦うため、煕河路という特殊地域を作ったのですが、このときの議論がまた意味不明。

何となれば、どちらも「あそこは山がある」とか「あの山脈を越えられると洛陽までひとっ飛び」とか、「李存勗は西部の山岳地帯を背に燕州を奪取した」とか、そういう発言ばかり出て来る。で、私はそれを読んで?????となったわけです。

議論の流れから大体のことは分かりますが、どうもピントこない。しかも地図音痴の私だから、件の『中国歴史地図集』を開いても、「なんで太原府からわざわざ北に遠回りして燕州に行くんだろう?直接東に行けばいいのに」などと思う始末。まあねぇ、行けないことはないだろうけど、行くのは大変なんだよ。なにせ太原府と燕州の間には山があるんだから。

ということで、私は地形が必要なとき、少々のことには目を瞑って、GoogleMapの地形を見たりします。黄河の形は宋代と現在とで全く違いますが、山脈はそうそう歩いて移動しないでしょう。でもGoogleMapは利用規程の問題で勝手に改造するわけにもいかないし、かとってマイマップも読み込みに時間がかかるし。そこでなにかいい歴史地図はないかな、と思った次第です。

ですから、昨日の記事を敷衍しますと、「宋代の黄河と地形の掲載された都市名(宋代の)付きの地図はないか」ということになります。それだけです。


あー、念のため言っておくと、別に地形が分かっても軍事活動は分かりません。私ももちろん知りません。でも議論くらいはなんとなく分かる。なにせ議論している儒学者は、私より軍事知識があるとはいえ、所詮素人の議論ですから。もう一つ、改めてGoogleMapの地形で契丹の燕州(燕州地方の意味)と宋の雄州を見てみると、よくこんなところで契丹の軍隊を防御していたなぁと、他人事ながら冷や汗がでます。たしかにこれは西夏の問題とは違うわな。

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テキサス大学で公開されている米軍の中国地図があってこれがおもしろいです。日本軍の測量結果を参考にしています。
リンクを貼ったら禁止キーワードが含まれているとかで貼れませんでした。

inudaishoさん

テキサス大学の地図というのはttp://lib.utexas.edu/maps/china.htmlの「China - Topographic Maps」のことでしょうか?University of Texas chinese mapで調べたら上の方に出てきました。

他の地図(含外国)も豊富で、なかなか面白そうなサイトですね。その筋では有名らしいですが、私は全く知りませんでした。ご教授、ありがとうございました。

>禁止キーワード
近ごろ妙に外国からのスパムコメント(国別コードはルクセンブルク)が多いので、スパム除けにいろいろ禁止キーワードを変えております。わざわざリンクを貼っていただいたのに申し訳ありませんでした。urlの書き方が引っかかるようです。............ただ私はこの禁則を設けていないので、なぜ引っかかるのか不明ですが。

それですそれです
まだ人民共和国成立以前なので、町の規模がそれほどはおおきくなっていなかったり、城壁がのこっていたりするので、明清の姿をしのぶにはいいです。

はじめまして

はじめまして。
たしかに『中国歴史地図集』には等高線など地理的状況が分かるものが河川を除いていっさい描かれていないですよね。私も不便に思っています。
そんなときは、私は『中華人民共和国地図集』(新華書店、1984年)を見て、地理的状況をつかんでいます。省ごとに分けられているのですが、意外と等高線がはっきり出ていて、道路や鉄路も出ているので、古代にあったであろう道筋の参考にもなります。最近の地図には地形を無視した高速道路網が載ってしまうのでかえって邪魔です。

古中さん

コメントありがとうございます。

なるほど『中華人民共和国地図集』ですか。書名は存じておりましたが、「人民共和国」の字がありましたので、時代が違いすぎると思い無視していました。ですが等高線が載っているのであれば、便利そうですね。こんど探して見ます。

最近の中国地図は日本の道路地図に似てきましたね。道路地図が歴史地図として不便なのは、日本も中国も同じですね。

古中さんは専門で教鞭をとっておられるようですが、よろしければまたご教授ください。このたびは情報をお寄せいただきありがとうございました。
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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