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『秦山集』巻28(冒頭10条)

(01)貞享五年戊辰、元旦に試筆して曰く、学は其の已に知る所を窮め、行は其の已に行う所を篤うす、と。
*貞享五年:1688年。九月に元禄に改元す。

(02)董子義利の語、仁人に在りては、則ち天地に循いて利を欲するの私心無きの全体と為り、学者に在りては、則ち彼れを去り此れを取る緊切の功夫と為る。蓋し学者は義と利との辨を知らば、行う所已に善に出づ。然れども或いは其の間に於いて少しく効を期するの心有れば、則ち行う所の善、将に彼れの為に之れ挟まるる所となりて、復たは天理の本然に非ざらんとす。故に此の章の功夫、先ず須く行う所の事に於いて硬く脊梁を著け、些の寛恕を容れざるべし。而して中間に猶蘄獲の意思有らば、則ち須く緊(きび)しく精来を著け、毫釐の間に截断すべし。此れ長ずれば彼れ消ず。間に髪を容れず。此れ天理人欲、勝敗の機なり。
*董子:董仲舒のこと。
*義理:『漢書』董仲舒伝に見える董仲舒の言葉(正其誼不謀其利)。朱子学で激賞され、近代でリゴリズムの典型として悪評をこうむった言葉。

(03)語言の間、己に矜り人に誇るの心、往来切切たり。謝上蔡曰く、「学を知らざる者は、人に上たらんと欲するの心、時として忘るる無きなり」と。之を戒むるなり。
*謝上蔡:『論語集註』雍也篇の孟之反不伐章に引く謝良佐の言葉。

(04)周子曰く、「実を務む」と。
*『通書』第十四章の務実を指す。

(05)古人、餓えるたる者は門を出でず。

(06)伊勢宮、釈氏の人を禁遏し、釈門の語を禁絶す。

(07)『読書続録』に曰く、「近古より、四海九州、釈老を崇信せざる無し。惟だ今、孔子の闕里、曲阜の一県のみ、武仏老の居無く、僧道無し」と。
*『読書続録』巻10の言葉。『読書続録』は『読書録』の続編。薛瑄の著。

(08)薛敬軒は永楽十九年の進士。此れ疑うべきなり。許魯斎を推尊す。此れ是ならざるなり。
*薛敬軒:薛瑄のこと。敬軒は号。永楽十九年(辛丑)の進士。薛敬軒ほどの人材が、帝位を簒奪した永楽帝のもとで仕官したはずはないということだろう。
*許魯斎:許衡のこと。元代の学者。夷狄の王朝に仕官したことで知られる。

(09)『読書録』、読まざるべからざるなり。

(10)『読書録』、架に在れば、便ち清気の人に逼るを覚る。


秦山はほんとうに薛敬軒が好きだねえ。敬軒はあまりの朱子学贔屓が祟って、現代では評判わるいけど、残念なことに人間が人間を尊敬するのは、そういう学史的なところではない。秦山はおそらく敬軒の人格的高潔さに牽かれたんだろう。ちなみに上の10条の中、私が個人的に好きなのは第3条。誇りの心は努力家にありがちな欲心で、この危険性を常に感じていたのは、さすがに学徳を積んだ秦山らしい格言と言える。

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