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秦山先生

谷秦山は魅力的な人間だが、見る人間の立場によって、評価は二つに分かれる。一つは秦山の強烈な神国思想を重視するやり方で、これは戦前の議論に根強い。もう一方、これと同じほど影響力を持つのが、貧困に喘ぎながらも有為の後学を育てた教育者としての秦山だ。教育者として優れた資質をもった秦山が、強烈な神国思想を吹聴していたわけだから、どちらの評価も間違いではない。だから神国思想を重んじたい人は秦山のそれを、そういう思想が好きになれないにも関わらず秦山に好感を持つ人は教育者としての側面を、重視することになる。

私はどちらにも引かれる人間だが、強いて言えば、人間として立派に生き抜いた秦山の方に引かれるものがある。秦山の神国思想はそれはそれで面白いのだが、主張に強引なところがあり、下手をすると浅薄な印象を受ける。もちろん浅薄といっても、文字通り「浅はか」という意味ではなく、秦山じしんが研究途上にあったことや、江戸時代という時間的制約があるため、現代の人間が見ると少し笑ってしまう無邪気な発言がある、という意味に過ぎない。当時における最先端の研究でも、時間がたつとくすんでしまうのは仕方のないことだ。

しかし、人間的な魅力はどれほど時間の歯車によって摩滅させられることがない。時間とともに衰えない魅力こそ古典の本質だろう。もし時間によって価値が衰えるようなら、それはもともと技術書や研究書であって、古典ではないのだ。要するに、私は秦山が好きだというに過ぎない。


*余談

現代の学者が書いた研究書を古典としてありがたがる人間は、未来永劫あらわれないだろう。しかし稀におもしろい研究書もある。そういう研究書は、たいがい研究的発言の合間に、なかなか機知のある寸評がくっついているのだ。ところが不思議なことに、その寸評だけを持ち寄って一冊の本にまとめたりすると、驚くほど白々しくつまらない俗書に成り下がる。人を感動させるほどの発言は、相当の力の持ち主でなければならないと見える。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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