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古典教育(補足)

あまりこだわるつもりはないが、もう少しだけ書いておこう。昨日の補足。

中国の古典を読んでいて、個人的にためになったのは、個人的なところと実践的なところかな。

例えば、『韓非子』を読めば、どうすれば人をだませるかがよく分かる。もともとは君主が臣下にだまされないための方法を書いたものだが、それは裏を返せば、どうすれば上の人間をだまるかを説いたことに他ならない。なるほど人をだますのはよくないかも知れない。しかし司馬遷は言うじゃないか、「天道、是か非か」って。天道に是も非もないなら、やりどくなんだよ。悪いことなんぞ、ばれなければいいのだ。司馬遷はきっとそういうことが言いたかったに違いない。

宋代の学者に至っては、「人生、うまくいくかどうかは運しだい。正しく生きることが人生の全てだ。だから自分の不遇なんて気にするな!」と言った。また「人間は悪しきことをすると、必ず心のどこかが痛くなる。ところが正しい生き方をしていれば、心の底から楽しく嬉しくなれる。たとえ不遇な生活を余儀なくされても、正しく生きてさえいけば、人間は幸せなのだ」と。

そうなのだ、正しく生きることが人生なのだ。だから悪事が正しいことだと思えば、それを貫くべきなのだ!世の中には悪事をなして心から平然としておれる人間がいるらしい。だったらその人にとって、まことに自分の心地よいことを有言実行したわけだ。その人にとって、悪事は正しいことだったのだ。きっと宋代の学者はこういうことが言いたかったに違いない。

そう言えば、宋儒は仏教を批判して、儒家本天の学とか言ったらしいね。儒家は天に本づく。それは仏教が己の心に本づくのとは全く違う。仏教は自分の私利私欲にまみれた心を基準にして、すべてのことを考えるので、すべての行為や思想は利己的になる。でも儒家は違う。だって公平無私の天に本づいているんだもん!

天は公平無私だ。弱い奴は死ぬ。強い奴は生き残る。強いも弱いも運にかかってるのに、偶然強く生まれたらそれでOK!、下手に弱かったら、もう死んでね!ってか?ほんと、人間から動物・微生物まで、まさに自然の法則を理解した完璧な教えだね。いや、ほんと素晴らしいね。まさしく古典は勝者の歴史だよね。だって読み書きできるくらいの勝者じゃないと、記録に残せないもんね。


まあ、空しいのでこれくらいにしておこう。物は言いようとはよくいったもので、悪いようにも善いようにも、どちらにも取れる。なんでもそうだ。どれほど善い言葉でも、表があれば裏がある。悪く取ろうと思えば取れるのだ。それらをよりよい解釈にするのは、世界が古典の描く論理に従わなければならない。もっとも単純には、孟子の描く理想世界に生きるには、本人だけではなく、まわりの人間もみなその論理に従わなければならないのだ。ちょうど民主主義が、それ以外の主義の存在を認められないのと同じだ。

少し前に読んだ本に、儒学者の理念を批判して「社会の秩序を維持するためには、中国の古典が描くような道徳を基礎とした国内秩序を確立するだけでは十分でないことは明らかであった。なぜなら、中国文化にまったく感化されない外部勢力が存在すれば、中国の社会そのものが滅ぼされる恐れがあるからである」(『戦略の形成』上巻、中央公論新社、2007年、199頁)と書いてあった。これは古典の有効利用にもそのまま当てはまる。いや、外部勢力が存在するどころか、外部勢力しか存在しないこの現在、中国の古典の論理で我が身を処すなど、自殺行為としかいいようがない。

もし私が古典を有益に使えるなら、私は私自身を徹頭徹尾古典から切り離し、自分の都合のいいように、私の好みにあうように、私の必要なところだけを、古典から抜き出してくるだろう。あるいは、もし私が安逸なうちに生活を送れるというのなら、せいぜい古典でも読んで、その意味するところを空想に描いて、豊かで贅沢な人生をすごそうじゃないか。それで文才でもあれば、古典の訳本や解説書を出すのも悪くない。

あるいはより本質的に、古典を有効利用するには、古典そのものを一新しなければならない。旧染の汚を洗い流すように、すべての古典の価値を塗り替えなければならない。そう、これからのほとんどの人間が正しいと信じられる理念にあわせて。そういう「古典」があるのなら、現在でも大いに利用価値はあるだろう。しかし現在の世界の情勢からいって、これが正しい!というような理念は簡単に出てこないだろう。我々が信じている多くのことですら、ここ十年か二十年で崩壊するだろう。理念の見つけられないところでは、やはり古典は自分に都合よく使うのが一番ではないかと思う。

そうそう、最後に蛇足だが、日本の儒学者は、反動的な発言が多くて為になる。みんなみんな、「貧乏がなんだ!」って言うんだもの。みんな貧乏を望んだら、日本は亡びるよねえ。でも、どうにもならない人間の処世術としては、大いに役に立つ。私はそういう使い方をしている。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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