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『秦山集』巻29

惟だ其れ理に根ざして日々生ずる者のみ、浩然として窮まり無し。天地を祭り、山川を祭り、祖先五祀を祭りて、感格せざる無し。

家僮 飢困して、己れ則ち游会宴会す。人情に非ざるなり。

湯武の挙、当日天下の幸なるも、万世天下の不幸なり。若し惟だ舜禹のみ有りて湯武無くんば、則ち秦漢以来、殪死百万、流血千里の惨、未だ必ずしも斯の若きの多からざるなり。


便所で『秦山集』を読んでいたら、秦山らしい言葉を発見したので、メモがわりに書いておく。特に2条目は秦山が好きそうな発言だ。要するに、「使用人(部下でもいい)が飢えているのに、自分(主人)はあちこちの宴会に遊び歩くなんて、とうてい人間のすることではない」というような意味になる。

3条目は湯武革命を批判したもの。崎門の伝統でもあり、また南学の伝統でもある。湯武の革命は当時の人には幸いだっただろうが、天下後世から考えれば不幸なことだった。秦漢以来、内乱で夥しい血が流れたのは、湯武の所行のせいである、と。ただ舜と禹を認めているのは少し意外だ。舜と禹を認めることは、禅譲を認めることになり、君臣一定の道理に叛するからだ。もしかしたら「舜禹の方がまし」という意味かもしれないが。ここだけでは判断できない。1条目は、理を重んじた朱子学者らしい発言。理は天地人に通ずるが故に、祖先の来格を招くというのだろう。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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