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お姫さま

宋代には妙ちきりんな言葉がよく出て来る。帝姫もその一つ。帝姫......字面からして皇帝のお姫さまであることは分かるが、あまりお目にかからない名前ではある。

日本語でいう「お姫さま」のことを、宋代では公主とよんでいた。正確には、皇帝の娘を公主といい、公主が臣下のところにお嫁にいくと某国公主とい、子供が生まれると某国大長公主といい、孫が生まれると両国大長公主(両国は二つの国名をもつこと)といった。

古典において「お姫さま」の称呼はいろいろあって一定しないのだが、唐代に公主の名が用いられていたというので、宋代もなんとなくそのまま「お姫さま」を公主とよんでいたのだ。

ところが、である。そのまま疑問に思わなければいいものを、宋代の神経質な皇帝と政治家はふとこれに疑問を持った。案の定というべきか、例の神宗皇帝が文句を付けたのだ。こういうどうでもいいところに気づくのが、この皇帝の特徴だ。

細かい議論は『長編』煕寧3年6月癸酉条に載っているので、それを読んでいただくとして、いま意見書の概要だけを書き出すとこうなる。――いろいろ学説に矛盾はあるようだが、「公主」の「公」は王姫の婚儀を執り行った諸侯のことを指すようだし、「主」も「主君」の義と同じらしい。だから公主は皇帝の娘の称呼として適切でない。したがって改正すべしという皇帝の考えは正しい、と。

ただ当時の政治家は賢かった。意見書の最後に「公主というのは、本来の意味から言えば間違いではありますが、今日通行の官職爵号にもそのような間違いは夥しく存在します。どうしても改正したいと仰せなら、諸々の改正すべき名称爵号の中、重要なものからお改めになってはどうでしょうか」と、暗に「そんなつまらないものに労力を割くな」と文句を付けたのだ。名称改正の愚に気づいたか、このときは神宗皇帝も臣下の意見に従い、とりあえず公主の号はそのままということになった。

爵号の改正は、実益がないわりに物議を醸すので、理屈をつけて通行の名前を用いるのは賢明なやり方だ。ところがこういう火種は時間が経っても消えないものとみえ、やはりというべきか、ここでも神宗皇帝の息子の徽宗が、闇に葬られた問題を掘り起こしてきた。政和三年閏四月の改正がそれで、公主の称号はこのとき件の帝姫に改められた。これ以後、歴代の公主(国公主などを含む)に帝姫の称号をおくり、その煩瑣なこと、『十朝綱要』の一覧表に記される通りである。

この帝姫改正(改悪?)の動議は、姦臣・蔡京の息子にして自身も姦臣の蔡絛『鉄圍山叢談』巻1(国朝帝女封号云々)に見える。これによると、徽宗が「帝姫」の称号に改めたいと発議したところ、蔡京は「私は姫姓の出だから、世間の反感を買いかねない」と反対したが、徽宗は笑って取り合わなかったという。こういうくだらないことは蔡京から言い出しそうだが、案外というべきか、蔡京は反対したらしい。

姦臣の寝言はともかく、徽宗によれば、公主の字が不適切なことは神宗の仰せの通りだ。ところが今に至るまで改正されずにいるのは残念至極。そこでふさわしい字として「帝姫」を推薦したい。なんでも、人によると、「姫」の字は周の姓で、その周の娘だから「某姫」と書くのだ、別段「お姫さま」のことを「某姫」と言うわけじゃない、とか。しかし姫は、周の姓の意味以外にも、婦人の美称として使うじゃないか。だったら問題ない、と。細かい話しは『宋会要輯稿』帝系8を御覧いただきたい。もっとも細かく議論している。

実際問題、故事を掘り起こしてああだこうだ言えば、なんとでも理屈はつけられる。だから徽宗にも言い分はあるだろうし、逆に徽宗の言い分を否定するのも簡単だ。現に徽宗の論法(本人は蔡京と思ってたらしいが)を批判して、「姫は婦人の美称ではあるが、それは妾に対する美称だから、皇帝の娘につけるなんてとんでもない!」ということを仰る御仁もいたのだ。まぁ、歴史的根拠なんて、そんなものだ。ただこのときは徽宗がどうしてもというので、臣下の反対を押し切って改正を断行し、そのまま実施された。そして帝姫という称号が、いわゆる公主の称号の代わりに用いられることになったのである。

ちなみに帝姫の称号は、南遷のはじめ、建炎元年に早々と公主にもどされてしまった。「姫」はやはり姓だというのと、もう一つ、「不便だから」というのが理由らしい。いかにも実益を重視した宋代らしい。

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