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なつかしい時代

知名度をはかる目安にしようと、垣守さん(秦山先生の息子)のことをネットで調べていたら、ちょっと懐かしい写真がみつかった。幡多の紹介をしているサイトらしい。

上のページに書かれてあるように、高知県西方に位置する半家(はげ)は、平家の落人が住んでいたとか何とかで、「義民」の意識が強いという。本当かどうかはともかく、平家=義民とはこれいかにと思わなくもないが、件の垣守さんには『半家義民録』という書物があり、私などはそれを始めて手にしたとき、「はんけぎみんろく」って言うのかな?と、恥ずかしいことを思っていた。

それはともかく、のんびりした写真だ。いつのものか分からないが、私も少し前に高知(高知市)へいったとき、同じような印象を受けた。あそこは路面電車が走っており、高知市の駅前(JR)はだだっ広い空き地という、私の居住区とは正反対のところだ。時間の流れも心なしかゆったりしている。

正確な文面はよく覚えていないが、高知の路面電車でおもしろくも懐かしく感じたのは、「自由におもちください」と書かれた傘立てがあったことだ。私の行ったときは連日快晴で、今でもほんとうに傘が立てられているのかどうか不明ながら、かつての日本を思い出すような懐かしい風景だった。私の住んでいるところでそんなことをしたら、雨の日に数分でなくなるだろうし、そもそも誰も返しに行かないだろう。

もう一つ私の心をくすぐったのは、県立図書館(あるいは高知城)附近の木陰で将棋を指している人々がいたことだ。それも老人ばかりでなく、子供も青年も、蝉の鳴く木陰で真剣勝負をしていた。私が子供のころも、将棋を指すではなかったが、似たような雰囲気の「なにか」はあった。県立図書館の冷房設備が、エアコン主導ではなく、天井扇風機だったというのにも驚いた。

なんとなく高知に行って、なつかしい昭和の香りを感じたのは否定できない。もっとも古きよき時代と思うのは、今から振り返ればのことであって、理想が理想であり、そこに安住しておれるのなら、人はだれしも変わろうとしないだろうし、現在のようにもならないだろう。そして一たび変わったならば、もはや昔にはもどれない。

と、妙な感傷に浸っりつつ、来たるべき路面電車を待っていた私の目に入ったのは、「あんたのために作ったんじゃないんだからね!」とかいいつつチョコレートを差し出すツンデレ少女の描かれた車体だった。............こういうところは流行をおそうのね。心ひそかに喜びつつも、高知を後にしてから、写真を撮らなかったことが悔やまれた。

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テーマ : 読書メモ
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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