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美しき敗北者・魏泰

昨日の『東軒筆録』なる書物は、北宋の歴史を語るときしばしば利用される。著者は魏泰という男で、『宋史』に列伝もなく、科挙にも受からず、そこらで遊んで一生を終えた人間だ。その意味では「つまらない」人間の部類に入るのだが、彼の嫁が曾布の姉だったこと、そして王安石一家とも関係があったため、新法筋の情報をよくつかんでいたらしい。その著『東軒筆録』は北宋の政治史、特に新法前後の歴史を調べるのに不可欠な書物の一つとされている。

もっともそれだけのことであれば、あえて私が褒めることはない。そこそこ才能があるのに世渡りが下手で、貧乏くじを引いた人間。でも貴重な歴史の証言者として現在でも有用。これに止まる。私が魏泰をわざわざ取り上げて、褒めちぎろうというのは、彼が世間的に極めて悪質な人間だからだ。言葉を換えれば、魏泰はあまりにも人間的であり、あまりにも普通すぎる才人なのだ。

わずかに残る伝記をまとめると、魏泰はこのような人間だった。――若くして才能に溢れる彼は、自由気ままな生活を送っていた。そして当時の常識にならって科挙を受けた。ところが科挙の監督官と一悶着をおこし、ちょっとのことも我慢できず、監督官を殴って半殺しの憂き目にあわせた。そして殴った自分も科挙受験の停止をくらった。

しかし、ここで折れないのが我らの魏泰だ。思い通りにならないなら、せめて自分のできる範囲で人様の役に立とうなどと思いはしない。彼がしたことはまず、気に入らない人間の批判だった。しかも人の名を騙って。自分で悪口を書かず、人の口を借りて人を批判する。これは簡単なようでいて、相当の才能がないとできない芸当だ。これだけでも魏泰が超一流の人間だったことがよくわかる。

こうして才能の無駄遣いをしつつ、次にしたことは、みずから名乗って『東軒筆録』を著し、世間で顰蹙を買っている新法派の連中を激賞することだった。あえて批判の中に飛び込む勇気を、魏泰はもっていたのだろう。最後にはそういう勇気をもっと効果的に利用した。あえて親戚の有名人・梅堯臣(故人)の名を騙り、『碧雲騢』なる書物を著し、北宋一代の偉人・賢臣を片っ端から批判したのだ。かの名臣・范仲淹もその例に洩れなかったという。なんとふてぶてしい勇気ではないか。

晩年に新法派の章惇が権力を握り、好意的な呼び込みがあったが、魏泰はそんなものに尻尾を振る人間ではない。「いまさらなんだ」と拗ねて、地方に引っ込んでしまった。

当時は今と違って情報の流通が不確かだった。だから書物の真贋を見極めるのはかなり難しい。『碧雲騢』は士大夫世界に大きい波紋を投げかけた。――梅堯臣は范仲淹らと一心同体だった。たしかに梅堯臣だけ出世できなかったが、彼ほどの賢者が人を怨み、このような罵詈雑言を浴びせるはずがない。これはどうしたことか。このような噂が広まったのだ。

後々、士大夫の一人が気を利かせて「『碧雲騢』は梅堯臣の書物ではなく、魏泰の偽作ですよ」と云ってくれたので、世間は納得し、またそれにともない魏泰の評判もいっそう悪くなった。あいつの言うことはほとんど嘘だ、ひそかに章惇とつるんだくわせものだ、と。こうして魏泰の名はその著書『東軒筆録』とともに、大変な不名誉の栄光を勝ち取り、後世に語り継がれることになった。

いやはや、なんとも胸のすくような人間だ。才能を鼻にかけ、勝手な生活を送り、思い通りにいかないと人を罵倒誹謗する。しかも念の入ったことに他の有名人の名を騙って、さも真実らしそうに語る。これほど人間的な人間はちょっとお目にかかれない。すくなくとも才人でありながら、これほどの小人ぶりを発揮してくれる人は、なかなかいない。いても名前が消えてしまうからだ。

しかし私が魏泰に好意をもつ理由は、またこれとは別にある。四庫官は云う、「これほどの小人であるのに、あれほど不信の書物であるのに、それにも関わらず、魏泰の『東軒筆録』は世の中に広まり、多くの人々に読まれた。なぜか。それは本書が魏泰の恩讐より出たものでありながら、その優れた歴史的記述によって、北宋の歴史を知るのに不可欠なものだったからだ」と。

真贋雑出するにも関わらず、魏泰の『東軒筆録』は便利だから利用される。魏泰をののしり、書物を否定する人間が、かえってその物したところの書物を使う。魏泰を疑い、その著述の誤謬を知りながら、それを利用しなければ我々は宋代の歴史を知り得ない。正しき人間を歯ぎしりさせること、これほどのものはない。

人がみな己の才能を他者の利益の為に使うと思うのは、あまりにおめでたい。己は欲望を適え、人に不便を強いながら、その人に向かって自分に都合のいい汗をかけという。遺憾ながら学才のない人間は、黙々とそれに従うしかない。しかし魏泰は違う。その溢れんばかりの才能を駆使して、不可欠な、それでいて害悪な成果を、人々にもたらしたのだ。このような小人・魏泰に私はむしろ感動すら覚える。敗北者の生き様として。

魏泰の『東軒筆録』。中華書局本にして僅か1冊194頁。しかしその価値は千金に値する。


附記:話しの都合で省略したが、梅堯臣の『碧雲騢』には異論もある。それについてはまた別の機会に書く......かもしれない。

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日々是遊戯:有川知里さんがエクストリーム・ラブプラス中、銃乱射事件に巻き込まれる!? - ITmedia Gamez http://gamez.itmedia.co.jp/games/articles/1002/04/news077.html エクストリーム過ぎるw

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No title

すみません、
彼の姉が、曾布の妻だったはずですが。
細かいことですみません。

通りすがりの親切な人へ

コメントありがとうございます。一人で罵詈雑言を吐いている寂しいブログなので、ご助言いただけたことを嬉しく思います。

魏泰の伝記史料は、中華書局の東軒筆録に付されているものしか存じませんが、それによると読書志を引いて曾布之婦弟とあります。それが正しいのであれば、ご助言のとおり、曾布の嫁は魏泰の姉だったことになります。

宋代のことですから、「無名の学者」や「列伝に名の記されない人」といっても、それ相当の資産家・著名人であったことに相違なく、魏泰もその一人なのでしょう。ちなみにこの記事は「おもしろい記事」でも書いてみようと、魏泰の偏執的なところだけを抜き出しましたので、もちろん歴史の勉強にはなりませんし、これで魏泰の人となりを充分に理解することもできません。そもそも史実を伝える気がないので、これは仕方ないことですね。偉そうに言えば、歴史を題材にしたむかしの雑記と同じことをしたまでです。

しかし曾布なり魏泰なりをご存じとは普通の人ではないとお見受けします。その他、何かお気づきの点がありましたら、またご教授いただければ嬉しく思います。
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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