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髭をぬぐったのはいつか?

北宋初期の権臣・丁謂の逸事に「寇準の髭(ひげ)をぬぐう」というのがある。

名臣として知られる寇準は、好んで優れた人物を朝廷に推薦していた。その一人に丁謂という人がいた。丁謂は元来あたまのいい人間だったが、出世のきっかけを作ってくれたのが寇準とあって、地位が高くなってもなかなか頭があがらない。

そんなこんなで寇準が宰相、丁謂が副宰相になったある日のこと。二人して宰相府で会食したところ、寇準の髭に羮(あつもの)の汁がついているというので、副宰相の丁謂がわざわざ立ち上がってそれをぬぐってやったらしい。すると寇準はそのあまりのへつらいに堪らず、「朝廷の副宰相ほどの人間が、宰相のために髭をぬぐったりするのか」と叱ったとか。もっともこの発言に、丁謂は恥をかかされたとばかり寇準を憎み倒し、以後、二人の関係は悪くなったと云う。

後の歴史を知る人間からすれば、寇準が丁謂を推薦したとは、なかなか信じがたいことだ。なにせこの二人、最後にはたがいに天敵となり、寇準の方は丁謂の粛清を画策し、丁謂は丁謂で寇準を失脚させ、自殺を唆したのだ。そんな二人がかつては仲良しさんだったなんて、ちょっと信じたくない。人生、なにがあるか分からないものだ............という教訓を書き語ったわけではない。

こういう人間関係を記した逸話は信頼できないものが多く、私もいい加減に聞き流していた。ところが丁謂の伝記を読んだついでに、この逸話を調べなおしたところ、『萊公遺事』が情報の出処であり、そこに「寇準が宰相で、丁謂が副宰相(参知政事)」のころの事件として記していたことが分かった。

では寇準が宰相で丁謂が副宰相だったのはいつだろうか。自前の年表で恐縮だが、それは天禧三年六月から同年十二月のあいだ以外には存在しない。それ以前にも寇準ひとりが宰相だったり、丁謂ひとりが副宰相だった時期はあるが、二人がともに宰相府にいたのは上の時期に限られるのだ。

しかし天禧三年はもう真宗最晩年である。この時期、真宗は既に病に倒れ、三年後の乾興元年二月に崩じている。ましてや寇準が丁謂と激しく争い、李迪・曹瑋・楊億らを抱き込んで丁謂の粛清をはかり、みごとに謀略が露見し、逆に宰相職を奪われるのが天禧四年六月、かわって丁謂が首相に就くのが同七月。九月には寇準派の曹瑋が失脚、李迪も十一月に丁謂との共倒れを策したが失敗し、逆に丁謂のみが宰相の職に居座ることになる。後、丁謂派の馮拯が宰相の末席に加わった。

『遺事』の指摘が正しければ、寇準と丁謂はこの一年以前はすごく仲の良い師弟だったのに、髭の一件で急速に仲が悪くなり、たがいを殺戮しようとする間柄になったことになる。人間にはなにがあるか分からない。だからそういうこともあるかも知れない。

もしかすると、寇準が久方ぶりに朝廷に帰ってみると、丁謂が幅を利かせていた。はじめは自分にペコペコしていたのに、とちゅうで変なおべんちゃらをつかうから叱ってやると、掌を返したように攻撃的になった。だから自分も仲間(李迪とか曹瑋とか楊億とか)を抱き込んで、丁謂とその関係者を血祭りにあげ、権力を奪取しようとした............のだろうか、ほんとうに。それとも日ごろから寇準と丁謂は互いを憎んでいたが、師弟というので黙っていた。ところが髭の一件があったので、表面的にも対立関係になった............のだろうか。

そもそも『萊公遺事』該当部分の前置きには、「公は好士楽善、推薦を倦まず。种放・丁謂の徒、みなその門に出ず。然れども嘗に親しきところに語りて曰く、『丁生はまことに奇材。ただ重任に堪えず』」とある。しかしこの「丁謂の才能は買うが、人の上には立てない」という故事は、かつて寇準が人生の師・李から諭された言葉だ(『東軒筆録』)。なんとも調べれば調べるほど『遺事』の記事は眉唾な感じがしないではない。

政治の話しだから何があっても不思議ではないが、丁謂ひとりが憎いにしては、寇準の遣り方はあまりに大人げないし、寇準ひとりの問題なら、丁謂にしても寇準の徒党をすべて放逐する必要はなかろうから、対立の本質はもう少し根が深いところにあったのかも知れない。もっとも根が深いといっても、地域的対立とか文化的相違とか、そういう人間通有の権力闘争の埒外にある問題だと到底考えられないのが、哀しいところではある。

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