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直方おもしろ

思いもよらぬところで佐藤直方の言葉を目にした。直方さんは、言うまでもなく崎門三傑の一人で、その道では大変有名な人。

この先生、神道が嫌いなものだから、神儒兼学の同門・谷秦山の死に対して、「ああいう奴は死んでよかった」とか言っていたので、そういうのは人としてどうよと思わないではなかったし(*)、そもそも私は秦山から出発したので、どうしても絅斎から闇斎にのぼり、直方さんは一番最後になってしまう。

ということで、他人の書物でしか知らなかったのだが、なかなか直方さんはおもしろい人だね。そう言われれば、どこかでそんな話しを読んだ気もしたが、正直なところ、まったく記憶に残ってなかった。

で、そのおもしろい言葉。

学者は自己の理を信ずるでなければ、本のことではない。聖賢を信ずるは、善いは善いけれども、我理を信ずるには及ばぬ。曾子・子夏にて見るべし。程子曰「信人而不信理」。神道者の神明を信じてあそこへとりつくは、本を失ふたものなり。人々有尊於己者、天理也、其尊無対。我心より外に頼み力にすることはない。明々徳の三字、章句の自の字、宜味之。(『佐藤直方全集』第1冊、『韞蔵録』、学談雑録)



他人や書物を祖述し、それを信じて信じて信じ抜くという類ではなく、己の確信を重んずる人らしいが、そういうところには共感するものがある。もちろん信じて信じて云々というのも、それはそれで霊験あることだろうから、そういう道を進む人に止めろと言うつもりはサラサラないが、要するに、自分の好みと近いような感じがするのだ。

そうそう学談雑録の最初の方に「生た人こそ重宝なれ、死だ後は何の重宝はなし」とあるのも、なかなか気の利いた発言に思えた。いずれにせよ、直方さんの発言はスレスレなのが多いな。一歩間違えると、学者としてちょっと笑い話では済まない。

どうでもいいが、日本の古典は手に入れるのが難儀だ。全集は難しくても、学談雑録はかつて日本倫理彙編にも取られたほどのものだから、中国の新編叢書集成みたいなものが出ればいいのに......と思いつつ、我が日本でそんなものを出版したら大赤字になるのは、あまりに当然、あまりに自明、みずから深く信ずるところのことだった。

おしまい


(*)いちおう弟子の勉学を励ますために言ったものらしく、秦山が死んだのが愉快で堪らなかったというものではないらしい。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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