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中村恒亨宛書翰

秦山が神国思想を闡明したものとして有名な文章。中村恒亨に宛てた書翰。跡部良顕の『垂加文集』(拾遺)の跋文にも見える。そうそう本文とは関係ないが、陳建の『學蔀通辨』に対する四庫官の論評はすばらしいね。「觀朱子集中與象山諸書、雖負氣相爭、在所不免、不如是之毒詈也。蓋詞氣之間、足以觀人之所養矣」。至言だな。思想史で有名になったからといって、褒める必要などどこにもない。

(※)以下、本文。

重遠、啓す。前日、徒歩の勞、風雨の凄を以て病むべしと為さず、惠然として我が鏡野に顧みる。意愛深厚、感謝すること曷ぞ已まん。幸いに兩日の欵を為すも、菜蔬蛙鱔の供、尚爾として意に滿つ能はず、愧恨萬萬、心に解くべからざるなり。向に承る所の君臣の説、鋒頴森然、嚮(むか)ひ邇(ちか)づくべからずして、盃酒の餘、其の辨を窮むる能はず。蓋し止だに高明の是の説を為すのみならず、世儒往往にして唱へて之に和せり。僕竊かに病む。嘗て自ら揆らず、論究し以て一是に歸せんと欲す。今謹しみて布呈す。幸いに之を反復せよ。

天照大神、天津彦彦火の瓊瓊杵の尊に八坂瓊の曲玉、及び八咫の鏡、草薙の劔の三種の寶物を賜ひ、又天兒屋命・太玉命・天鈿女命・石凝姥命・玉屋命の凡そ五部の神たちを以て配して侍らしむ。因て皇孫に敕して曰く、「葦原の瑞穂の國は、是れ我が子孫の王たるべきの地なり。宜しく爾皇孫、就いて治しむべし。行けや。寶祚の隆へんこと、當に天壤と窮り無かるべき者なり」と。是れ乃ち吾が道の本原にして、天地の位する所以、君臣の叙づる所以、正に此に在り。千秋を更て、萬歳に二道無き者なり。

西土の國を立つるや、本を二にす。謂ふ、泰伯の去り、夷齊の饑うる、君に事へて貳無しは、是なり。成湯の放、武王の伐、天に順ひ人に應ずも、亦た是なり。天下豈に兩つながら是なるもの有らんや。二本に非ずして何ぞ。夫れ子と為りては孝に死し、臣と為りては忠に死し、婦と為りては貞に死す。此の三者は、則ち天地の大經、亘古亘今、攧撲し破れざる者なり。然して西土に獨り臣の君を弑すの道有るは何ぞや。其れ國を立つるの本原此の如し。宜なるかな、末流の弊、簒弑相踵ぎ、歳ごとに主を易へるに至るや。西土の國と為る、湯武の大聖有りて、既に放伐の始めを為し、孟子の大賢、復た為に之を祖述すれば、則ち儒者紛紛として已むを得ざるの論有るも、亦た必到の勢なり。獨り恠む、聖朝の人、君君臣臣、忠厚誠篤、數萬載の邦に生まれ、何を苦しみて乃ち外國二本の説を信ぜん。天歩少しく古に若かざれば、輒ち名づくるに衰周を以てし、臂を攘(はら)ひて抗論し、諸國を擬するに齊梁を以てせんと欲し、悍然として天誅神罰の何物と為るかを顧みざるなり。悲しいかな。莊子が言ふ所の詩禮を以て冢を發く者(*1)、此に於いてか驗あり。

抑そも日本は神國なり。天の安河の古より、平安城の今に距るまで、天照大神、鎭すこと常なへに高天原に在り、明明赫赫、我が斯の人に臨みたまふ。天下の事、萬起萬滅すと雖も、然れども天上の日輪、未だ地に墜ちざれば、人の皇統、搖し移すべからず。此れ皆な一人相將に相與に保守し秘護し、敢へて失墜せざる者。其れ豈に艸野酷薄の儒、得て窺ふ所ならんや。儒者の學、富めりと謂ふべし。其の所謂居敬窮理の訓、菽粟布帛の身に切なるが如し。顧に今の學者、是を之れ學ばずして、彼の二本已むを得ざるの説を以て先んず。肉を食らはずして馬肝を喫ふ、亦た笑ふべきなり。

前日に喩す所、傲言不祥、大いに駭くべき者有り。夫れ皇朝は神明の統なり。一本の國なり。異邦の今日に履を賣り、明日に踐祚する者と、年を同じうして語るべからず。是を以て毫釐も上を忽にする者は必ず罰せられ、芥蔕も君を慢る者は必ず殃す。敬せざるべけんや。戲言も思に出づ。願はくは高明之を戒めよ。王文成が詐僞欺罔、其の跡炳如たり。陳東筦が『晩年定論』を辨ずる者(*2)、明たり。僕嘗に謂ふ、明朝の滅ぶる、王氏良知の遺毒、人心恠僻の馴致に由れり。諸を晉氏談の弊に比するに加ます酷し。詳らかに李贄が『藏書』理學名臣の諸傳に考へて見るべし。今悉くは論ぜざるなり。別後、知らず、何の功夫をか做す。此の一大事、固より艸艸ならず。冀くは深志篤學、以て初期(*3)に副へ。此の外、世の譽毀、斗升の沈浮、何ぞ道ふに足らんや、何ぞ道ふに足らんや。
(『秦山集』十一)

〔注〕
(*1)『莊子』雜篇、外物の言葉。
(*2)陳建『學蔀通辨』を指す。四庫官云:「大旨以佛與陸王為學之三蔀、分前編後編續編終編。毎編又自分上中下、而採取『朱子文集』『語類』『年譜』諸書以辨之。……按朱陸之書具在、其異同本不待辨。王守仁輯『朱子晚年定論』、顛倒歲月之先後、以牽就其説、固不免矯誣。然建此書痛詆陸氏、至以病狂失心目之、亦未能平允。觀朱子集中與象山諸書、雖負氣相爭、在所不免、不如是之毒詈也。蓋詞氣之間、足以觀人之所養矣。」
(*3)ママ。


○原文

與中村恒亨(辛巳)
重遠啓。前日不以徒歩之勞風雨之凄為可病、惠然顧我鏡野焉。意愛深厚、感謝曷已。幸為兩日之欵、而菜蔬蛙鱔之供、尚爾不能滿意、愧恨萬萬、不可解心也。向所承君臣之説、鋒頴森然、不可嚮邇、而盃酒之餘、不能窮其辨。蓋不止高明為是説、世儒往往唱而和之。僕竊病焉。嘗不自揆、欲論究以歸于一是。今謹布呈。幸反復之。

天照大神賜天津彦彦火瓊瓊杵尊八坂瓊曲玉及八咫鏡・草薙劔三種寶物、又以天兒屋命・太玉命・天鈿女命・石凝姥命・玉屋命、凡五部神使配侍焉。因敕皇孫曰:「葦原瑞穂國、是我子孫可王之地也。宜爾皇孫就而治焉。行矣。寶祚之隆、當與天壤無窮者矣」。是乃吾道之本原、而天地之所以位、君臣之所以叙、正在乎此。更千秋而萬歳無二道者也。

西土之立國也、二本焉。謂泰伯之去、夷齊之饑、事君無貳、是也。成湯之放、武王之伐、順天應人、亦是也。天下豈有兩是哉。非二本而何。夫為子死孝、為臣死忠、為婦死貞。此三者、則天地之大經、亘古亘今、攧撲不破者也。然而西土獨有臣弑君之道何耶。其立國之本原如此。宜乎末流之弊、簒弑相踵、至歳易主也。西土之為國、有湯武之大聖、既為放伐之始、孟子之大賢、復為祖述之、則儒者紛紛、有不得已之論、亦必到之勢也。獨恠聖朝之人、生乎君君臣臣、忠厚誠篤、數萬載之邦、何苦乃信外國二本之説。天歩少不若古、輒名以衰周、攘臂抗論、欲擬諸國以齊梁。悍然不顧天誅神罰之為何物也。悲夫。莊子所言以詩禮發冢者、於此乎驗矣。

抑日本神國也。從天安河之古、距平安城之今、天照大神鎭常在於高天原、明明赫赫、臨我斯人。雖天下之事、萬起萬滅、然天上之日輪、未墜于地、人之皇統、不可搖移。此皆一人相將相與保守秘護、不敢失墜焉者。其豈艸野酷薄之儒、所得而窺也哉。儒者之學、可謂富矣。其所謂居敬窮理之訓、如菽粟布帛之切身。顧今之學者不是之學、而以彼二本不得已之説先焉。不食肉而喫馬肝、亦可笑也。

前日所喩、傲言不祥、有可大駭者。夫皇朝神明之統也。一本之國也。與異邦之今日賣履、明日踐祚者、不可同年而語。是以毫釐忽上者必罰、芥蔕慢君者必殃。可不敬乎。戲言出於思。願高明戒之。王文成詐僞欺罔、其跡炳如。陳東筦辨晩年定論者明矣。僕嘗謂明朝之滅、由乎王氏良知之遺毒、人心恠僻之馴致。比諸晉氏談之弊加酷焉。詳考於李贄『藏書』、理學名臣諸傳、可見。今不悉論也。別後不知做何功夫。此一大事、固不艸艸。冀深志篤學、以副初期。此外世之譽毀、斗升之沈浮、何足道耶、何足道耶。

(『秦山集』十一)



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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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