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秘伝焼却

久しぶりにジャンボを読んだ......ような気がしたが、1ヶ月とばしただけだった。と思っていたのだが、なんですかね、『あおいちゃんとヤマトくん』は終わりなんですかね?なんとも言いかねるな。

ということで、備忘録がてらに若林強斎の言葉。どれもよく引用される有名なものだが、有名なだけあって感銘を受けたので記しておく。


○『雜話續録』一
先生曰「神道ノ傳授切紙ヲ許サルレバ、モハヤソレデスンダコトノ樣ニ誰々モ思フテヲル。ソレハ箱傳授ト云テ、何ノヤクニタヽヌコトナリ。垂加翁ノ書記シオカレシコトハ、古傳ニヨリテマコトニ初學ノ為ニワヅカニ其端ヲヒライテオカレタマデノコトナリ。然レバ其言ニツキ其端ニヨツテ反復熟思、推窮演繹セネバ、蘊奥ハ窺ハレヌ。垂加翁ノ詳ニ仰ヲカレヌモ、學者思而得之ヤウニトノ思召ト見ヘル。然ルヲモハヤ磐境・神籬ノ傳モ承リタ、三種ノ傳モ承リタ、モハヤ蘊奥ニ殘リタコトハナキトオボヘテオルハ、タハイモナキコトナリ。」(神道大系の『垂加神道』下、134頁)

先生は強斎のこと。筆記者は山口春水。

切紙の否定。否定の根拠がおもしろい。知識は万人に共通だというのではなく、伝授されただけで安心してしまうというところは好感が持てる。万人共通は結構なことに相違ないが、なかなか実が伴わないのが現実。


○『雜話續録』三
一、先生曰「神明ノコト、アマリニ道理ヲ發越シテ説ヌコトナリ。垂加翁云、吾才ヲ以、神道ノコトヲ演繹シテ説カバ、諸人感服シテ靡キ從フベシ。此事甚易シ。然ルニ左樣ニ説クハ、神書ヲアイシラフ體デナイ。ヤハリ古説ヲ立テヽヲボコナナリニ云テ置クガ、神書ヲ讀ノ法ナリ。言嬰兒ニカルト云ガ大事ノ旨ヂヤ、ト仰ラレタル由ナリ。」(201頁)

一、先生ヨリ大坂ノ僑居ヘ仰下サルヽハ、「葦齋編集ノ源根録・玉籤集ヲ焚捨ラレタリ。是ハ手前達テ進メタルコトナリ。是ニテ世上ニ何程ノ源根・玉籤アリテモ苦シカラズ。葦齋モ神道上達ニテ悦バシク思フ」と仰越サル。即右始末ヲ書サレタル文章ヲ示サル。予、其頃、右兩書ヲモ未拜見、スベテ神道相傳ノコトナド不案内ナル時節ユヘ、先生ヘ申上ルハ、「私、邊地ニ生レ仕官ノ身ナレバ、上京仕ルコトモ心ニ任セズ、時節ヲ以右兩書ナド拜見仕リタラバ、又合點ノ手懸リニモ相成ベキト是ヲ樂シミニ存居候處、最早右ノ望モタエ、力ヲ落シ候」旨ヲ申上レバ、先生ヨリ仰越ルヽハ、「ワルキ合點ナリ。右兩書ヲ焚タルコトヲ聞テハ、大ニ力ヲ得タルトコソ可被申越コトナリ。垂加翁ノナサレ置レタル書ヲ焚タデハナシ、少モ力ヲオトサルベキコトナラズ」トテ、甚御叱リノ御状ナリ。去レドモ其時ハ信服セズ。夫レハ源根録モ玉籤集モ、神道相傳ノコトモ、聞盡シ熟讀アツテ、其上ニ葦齋ヘモ討論モ有テノ上ノコトナリ、予ナド何ヲ以、神道傳來ノ説ヲ承ランヤト、殘念ニ思ハレタリ。然ル處、不思議ニ玉籤集モ源根録モ、求得テ熟覽スル。又、日蔭草・風水草・風葉集ナドモ、不思議ノ傳手ニテ得之、熟覽スル。サテフリカヘリテ見レバ、誠ニ源根・玉籤ヲ焚捨ラレタルハ、御尤至極ナリ。其編集者ノ葦齋ガ焚捨ラレタルト云コトニテ、世間ニナニホドノ源根・玉籤ガ徘徊シテモ、大根ノ處デ消テオルト云モノナリ。サテ玉籤集ハイカヾノコトモ多キナリニマヅ其通デモアルガ、源根録ヲ開キ見レバ、淺間敷、涙ノ落ル樣ナ氣ノ毒ナル書ナリ。何レモ葦齋ノ作文ト云コトニテモナク、皆、諸書ニ記シテアルコトヲ標出シテ編集セラレタデハアレドモ、諸書ニ散在シテアルハ散在ナリデ目ニモ立タズ散在シテアルヲ、志有ル者ハ心ヲ着テ見ルデ事モ闕ケズ。ソレヲアノ樣ニ諸書ノ中ヨリ撰出シテミセテハ、寶鏡ノ始末ニテモ、神道ノ衰、王室ノ衰ヘノ次第モ、カクレナク見ユル。アマリニ勿體ナキコトナレバ、委クモ云レズ。或時、先生仰ラルヽハ、「葦齋、神道ノコト彼是骨ヲ折テ諸書ヲ考、編集セラルヽハ、能事ノ樣ニハアレドモ、ドコヤラ氣ノ輕キ處アリテ、此道疎末ニモナリ、神秘大切ナコトモアラハニ可相成歟ト甚氣遣ニ思ハルヽコトナリ」ト御物語アリ。右兩書燒棄ラレタルコトト、思合サルヽコト也。(204~205頁)

上の闇斎の言葉は、闇斎の神道研究の姿勢を示すのによく引用される。いつも引用場所を忘れるので、書きとめておくことにした。

下の、山口春水の気持ちも分からんはない。秘伝の伝授を楽しみに勉学に励んでいたら、理由はともかく、先生から「あれ、有害なので焼いたから。あとよろしく。がんばれよ」では、残念どころではあるまい。こういうところは、師に対する強い敬慕の情がないと、なかなか先生の気持ちは分からないし、分かろうと思えないもんだろうな。むしろ逆が多い(ように思う)。


○續強齋先生集(『神道大系』のために編纂したものらしい)

記原根録玉籤集篋
玉木翁、一日、門人數輩を召し、嘗て編述する所の『原根録』『玉籤集』、并に切紙數卷を取り出し、曰く、「道の寄するや、此に在るが若し。而るも道の廢るるや、實に此に在り。予、之を思ふこと久し。今、將に此等の書を焚き、諸賢をして此の事の某年某月某日に在るを證せしめんとす。故に召して以て視す」と。遂に携へ往き悉く諸を森蔭社の前に焚き、其の灰燼を篋中に収め、以て指示して曰く、「是れ乃ち眞の原根・玉籤なり」と。門人の憲蔭、慨然として歌いて曰く、「焚棄而言葉艸毛荒金之土爾遺志志道之賢佐」と。時に余も亦た來りて會す。竊かに歎じて謂く、嗚呼、今の神道を學ぶ者、蓋し尠なしと為さず。而るに往往にして内に蓄うるに務めずして、徒らに口耳に資り、道を明らかに求めずして、急ぎて傳授を利とし、條を尋ね目を數へ、許可を乞ひ社號を請ひ、既に之を得れば、則ち安然と翁を以て自居し、驕然と傳を以て人に加へ、高談虚論し、光陰に間度す。實に神州の罪人なるに、自ら知らず。是を以て、言愈いよ繁くして徳愈いよ荒く、傳愈いよ廣くして道愈いよ衰ふ。豈に痛哀せざらんや。翁の此の舉、始め之を聞きしときは太だ過ぎる者の若し。而るに退きて之を思はば、道を憂うの深しと謂うべし。大凡、學者、翁の憂う所を以て之を體し、反求して自ら責め、一味に神代中臣の間に反復し研究すれば、平生の齋戒・祈祷・祓除の功、少しの間斷も無し。漸やく五十鈴流に遡り、深く神路の奥に入り、終に清清の地に造らば、則ち所謂眞原根・玉籤なる者、實に我を欺かざるを知り、而して彼の歌に「荒金の土に遺す」と云う者、是に於いてか驗あり。因て誌し以て後感に備ふと云ふ。享保十二年丁未冬十二月三日 若林進居、謹みて記す(448頁)。

玉木正英は垂加神道の後継者で、闇斎の書物から重要箇所を抜き出して秘伝を作ったりした。もともと闇斎の神道伝授は各人の能力に応じた口授だったので、人によって理解も文字もさまざまだったらしく、そのため闇斎の真意が歪められるのを畏れ、あえて秘伝をつくってその学説の保存に務めたとかなんとか。

しかし玉木さんの友人だった若林さんは、どうもこれが気に入らず、秘伝を焼き捨てるよう勧めていたらしく、ながらく語り合ったあげく、ついに玉木さんが折れて、門弟を集め、秘伝の焼却に踏み切ったらしい。したがって、上の発言は、いちおう玉木さんの言葉になっているが、実際は強斎の意であろうとか(上の山口春水の記録に見える)。

「道の寄するや、此に在るが若し。而るも道の廢るるや、實に此に在り」とは、なかなかかっこいい言葉だね。「此」は秘伝のことね。もっとも、これに対しては、真理は文字にないけれど、文字がなければ真理もまた残らない、という言葉が対応する。これも朱子学者系列の人々がよくつかった格言で、そういわれたらそういわれたで、ごもっとも。

なお玉木さんはこうして『玉籤集』を焼き捨てた後も、また秘伝らしく出していたらしいが、上の山口春水の記録に「是ニテ世上ニ何程ノ源根・玉籤アリテモ苦シカラズ」とあるからには、玉木さん自身に焼却させるのが目的だったんだろうね。

それはともかく、若林さんは自分で焼き捨てるよう唆したくせに、「始め之を聞きしときは太だ過ぎる者の若し」とは、なかなかしゃれの分かるおじさんと見える。


*焚棄而言葉艸毛荒金之土爾遺志志道之賢佐:「焚き棄てて、言葉さけ、荒金の、土に遺しし、道の賢こさ」かな?二句目が気持ち悪いけど、読み方が分からん。その他、読みにくい句がいくつかあった。下に原文をあげておく。

原文

玉木翁一日召門人數輩、取出嘗所編述原根録、玉籤集、并切紙數卷、曰:「道之寄也、若在乎此。而道之廢也、實在乎此。予思之久矣。今將焚此等書、令諸賢證此事在某年某月某日。故召以視焉」。遂携往悉焚諸森蔭社前、収其灰燼於篋中、以指示曰:「是乃眞原根・玉籤也」。門人憲蔭慨然歌曰:「焚棄而言葉艸毛荒金之土爾遺志志道之賢佐」。時余亦來會。竊歎謂:嗚呼、今之學神道者、蓋不為尠。而往往不務蓄乎内、而徒資于口耳、不求明乎道、而急利于傳授、尋條數目、乞許可請社號、既得之、則安然以翁自居、驕然以傳加人、高談虚論、間度光陰。實神州之罪人、而不自知矣。是以言愈繁而徳愈荒、傳愈廣而道愈衰。豈不痛哀哉。翁之此舉、始聞之若太過者。而退思之、可謂憂道之深矣。大凡學者以翁之所憂體之、反求自責、一味反復研究於神代中臣之間、平生齋戒祈祷祓除之功、無少間斷。漸遡于五十鈴流、深入於神路之奥、終造乎清清之地、則所謂眞原根・玉籤者、實知不欺我、而彼歌云遺于荒金之土者、於是乎驗矣。因誌以備後感云。享保十二年丁未冬十二月三日 若林進居謹記(448頁)。



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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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