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秦山の最期

秦山最期の記録はいろいろあるが、以下はその内の一つ。昨日夜中に本を読んでいたら、ながなが引用されていたので、それを抜き書きしておく。本当は原本を確かめるべきなのだが、近くの図書館に収蔵していなかったので、とりあえずこれで我慢しておく。

※以下本文

享保三年戊戌六月晦日未の刻、谷重遠先生香我美郡山田町自宅に於て卒去、卯の年にて今年五十六、去年四月廿六日より中風患ひ危急之所、良友馬詰興三右衛門療治にて程なく快氣、尤右の手少々不叶に有之音舌さわやか無之候へ共、是又為差事にてはなし。今日晦日、例に勝れ氣色快然、早朝は唐鑑講有之、晝前町へ用事に出られ、追付歸り、庭前へ自身木藥を干し内に入、脾胃透候間茶漬をと被好候。其儘すへ懸候へ共、最早すゝむ氣無之、頭痛甚候。此體ならば、可相果候枕をと被申、奧方樣差出され候へともすけ候事不叶、直に奧方の膝に倒れ絶入被申候。臍中へ過分灸治候へ共、ききめ無之、未の刻事切被申候。爾來の中風の氣味は少も無之霍亂にて候き。

七月二日、申の下刻先生葬り、家より八町斗北グイミ谷(植村ノ内、鍋山ノ東)南向山半腹に墓を築く。棺は坐棺也。壹寸五歩板也。悉クコガリをさし竹の輪をひしと入る。内の高さ二尺五寸、廣さこれに隨ふ。髪月代常のごとし。裝束は帷子二ツ麻上下着し、脇は冬の衣類二ツ入る。綿入袷セ也。惣體の詰には茶を紙袋にしてソコソコへ押込也。桶の肌へは布四幅ぬひ合せ、よほど長くして外に垂れ、遺體内に坐せしめ、布の端を四方より掩ける也。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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