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立つ鳥

1.立つ鳥跡を濁さず

ブログを止める場合、記事は消しておくべきものかどうか。いつの間にか止めていた、という場合はともかく、確信犯の場合はどうなんだろう。価値のある記事があるでもなし、文句を言われたら困ることばかりなので、その時には消しておくつもりだが、有害無益のものもあるように思う。サイトはややマシなので、放っておこうかなとか思っていたり思わなかったり。

2.立つ鳥跡を濁さず2

標題のごとく「立つ鳥跡を濁さず」というのがある。なにもなかった子供の頃は難しく思わなかったが、歳を喰うと案外難しいことに気付く次第。全ての責を一人で背負って消えていく。立派ではあるし、そうしてくれた方が世の中の他人は助かるのだが、本当にそれでいいのか?

今後の自分に利益がある場合は、黙って消えていくのも分かるのだが、なんの利益もなく、ただ損なだけの場合、本当にそれで満足できるのだろうか?騒ぎ立てて、捨て台詞を吐いて、反感と顰蹙を買って去っていくというのは、明らかに周囲の人間には迷惑なことだが、本人的にはそれで得るものはなくても失うものはない、ということもあるのではないか。

利益を得る人間は、利益を与える人間の損害を考慮しないものだが、立つ鳥云々も案外その手の詐欺的手法ではないかと思わないでもない。

3.列子楊朱篇のつづき

楊朱が「生きててもしょーがねーだろ」というと、弟子が「そんなら自殺でもしたらいいんじゃね?」と切り返した。それを受けての楊朱先生の発言。訳文は岩波文庫の小林さんのもの(『列子』下冊134頁)。

すると先生はこういってさとされた。「いや、そうじゃない。すでに生まれたからには、とやかく余計なことをせず、なりゆきに任せ、自分のやりたいことを存分にやりつくして、静かに死のおとずれを待つことだ。いよいよ死がおとずれてきたら、とやかくせずになりゆきに任せ、死に行くさきを見きわめて素直に死んでゆくことだ。すべてとやかく余計なことをせず、あくまでも自然のなりゆきに任せておく。そうすれば、死のおとずれが早いか遅いかの違いなど、全く問題にはならないのだ。」


理想的な生き方だが、私には無理だな。でも不思議なもので、列子でも荘子でも、その手の書物を読む限り、悲壮感が全くない。私としては上のような主張を悲壮感いっぱいで語ってもらいたいのだが。

4.漢辞海

三省堂の『漢辞海』は高校生を対象とすると言いながら、なかなか立派な辞典なので私はよく利用している。たぶん『漢語大詞典』より使っていると思う。第2版になって書き下しを添付するという、気に入らないことをしてしまったが、あって害になるものでなし、特に問題とするに当たらない。

でもこの辞典、みんなが言うように、たしかに収録語彙(?)数が少ない。熟語数には期待しないが(というか、熟語を調べるなら、最初から漢語大詞典を調べる)、親字の収録が少ないと見えて、ATOKに出て来るのに辞典にないという気持ち悪いことが稀にある。そう思っていたのだが。

この前ひょんなことから親字数を調べてみると、この辞典には1万2500字の親字、5万の熟語(熟語関連項目は8万)を収録していることを知った。嘘をついても仕方ないから本当なんだろう。でも、手持ちの旺文社の『漢和中辞典』(赤塚さんと阿部吉雄さんが編纂したもの)は、経験的にいって明らかに収録親字数は漢辞海より多いのだが、凡例による限り、親字1万1000、熟語6万2千らしい。漢辞海には私の利用しない漢字がたくさん入っていると見える。

どうでもいいけど、こういう辞典はデータで売ってほしい。辞典を引くことで勉強になるというのは否定しないが、調べたら収録してなかったでは、単なる時間の無駄だと思う。

5.墨子

昨日のつづき。東洋文庫の墨子は抄訳だったんだ。知らなかった。もっとも抄訳の部分は、戦争に関係する後半部分だけだから、私のような読み方をする人間には、全く問題ないことではあるのだが。どちらかというと、抄訳じゃなくて省略されていても構わないくらいだ(いや、全くもって困る人もいると思うけど)。

でも墨経は意味が分からない。原文がああだから仕方ないのだが、訳文を読んで意味の分かる人がいれば天才だろうな。「体は、兼の部分である」(206頁)とか言われても、「体」も「兼」も解釈が多すぎて意味が分からん。いちおう「説」があって、「経」の解釈はしてくれるのだが、説は経と乖離したところがあるとか解説されたのでは、信用して良いものかどうか。

という具合なので、墨経は無視することにした。

6.鉄人28号

何年か前に鉄人28号のアニメをやっていた。全体的におもしろい出来だったが、特に京都の回はよかった。部屋を整理していて、関係グッズがでてきて久しぶりに思い出した。梅小路博士の考えは素晴らしい......のだけど、それが私の思っているものと同じかどうか、よく分からない。三島由紀夫の金閣寺あたりをモデルにしているらしいから、ちょっと私のとズレているように思わないでもないが、ズレていないと言えないでもないようにも思う。どっちなんだ?

7.森田さんは無口セレクション

牧先生が出てないな。そういえば森田さんは『くらぶ』の方でも連載を再開するらしい。来月の1日に発売。そうそうセレクションが出たからには、第2巻は当面お預けかと思ったが、6月27日に発売されるらしい。......なんのためのセレクションなんだろう。いや、セレクションが出たこと自体は嬉しいのだけど。でも第2巻は時期的に購入は難しそうだな。生きてはいると思うけど。

8.秦山先生の資料

個人にとって、知らないものは存在しないのと同じだ。しかし知ってしまったからには、なかったことにはできない。秦山の文献は『秦山集』と『手簡』で充分とはいえ(『日抄』も便利ではあるが)、ファン心理としては、見られるものは見たいし、読みたいし、理解したいものだ。

こんな時期に見つからなくてもよかったのに。もう間に合わないよ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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