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雑記

1.宋代の大臣

大学の学部時代のころ、梅原郁先生の『宋代官僚制度研究』を読んで感動した覚えがある(私は梅原先生と何の関係もないよ。ただ尊敬しているので先生と書いただけだ)。子供の頃からピラミッド型の政治制度に美しさを感じ、横一列的な政治を無様な制度だと思っていた私だから、皇帝を中心に整備された中国の官僚制度に感動しないはずはなかったのだ。もちろん現実の王朝時代は、とても美しくない縦型の制度なのだけど、資料だけを眺めていると、ほれぼれするくらい権威に彩られている(なお梅原先生の主張は、私の美的感性と全く無関係だからお間違えないよう)。

とまあ、そういう寝言はともかく、宋代は科挙(貢挙)が発達したので、科挙官僚が多いのは当然だが、恩蔭の力で権勢を握った人も珍しくない。以下、梅原先生の解説。

科挙とくに進士出身者にくらべると、恩蔭出身者が風下に立たされていたことは否めない。……とはいうものの、恩蔭出身者とて、高官にのぼり、宰相の椅子に座ることも稀ではなかった。試みに北宋時代、国初から蔡京に至るまで、五五人の宰相の男児を『宋史』や伝記類で洗い出すと約二百人が数えられる。その中で蔭補に預かったと明白にわかる者は、夭逝者や廃疾者を除いて、驚くなかれ九十パーセントを超える。これに対して、宰相の息子で本当に実力によって科挙の難関を突破した者は、……僅か十人あまりに過ぎない。

……宋代の宰相には、なるほど呂蒙正、李迪、王曾……らの状元出身者や科挙の上位出身者が少くない。しかし目を転ずれば、賈昌朝、陳執中、梁適など、恩蔭出身者も混入しており、執政クラスにもそれが稀でない。また、宰執ほどにいはゆかずとも、二百人近い北宋の宰相の男児のうち、一割から二割は侍従と呼ばれる高級官僚の仲間入りを果している。(476~477頁)


よく知られた事実ではあるが、宋代の学者思想家の資料ばかり読んでいると、ついつい忘れてしまう。競争だの資格だのといっても、生まれながらコネをもった権勢家の息子が有利なことは、時代通有のことなのだろう。


2.「~と思う」

断定できるくらいの文章を書くというのは正しい。少なくとも自分すら断言できないようなものは、書くべきでない。他ならぬ私自身、後輩(相手は先輩と思っていないかもしれないけど)に「自分ですら納得できないことは論文に書いてはいけない」と偉そうに言ったのを覚えている。だから「『思う』を用いる文章を書くな」というのは、レトリックとしては正しいと思う。

ただ昨日の記事は、これとは少し別のはなしで、例えば某年1月5日に某人が死んだという場合、もちろんこれも「観察者/執筆者が死んだと思った」のではあるが、私などは「死んだと思う」と言われると、「死んだのかも知れないが、生きていたかもしれない」という意味に取ってしまう。したがってこのような場合は単に「死んだ」と書くべきだと思う。もしこれが「5日」ではなく「6日」の場合、単なる調査考証の不備に過ぎない。

ところが、いろいろな記事を列挙して、「~ということから、某人が某年1月5日に死んだことには、かくかくの意味がある」と論断した場合、この論断は、ほんらいは「思う」でしかあり得ない。どれほど強い確信のもとに断定しても、そしてほとんどの人間が賛同しても、それは「思う」でしかない。

事柄も論断も、結局は解釈の呪縛を逃れられないとはいえ、私にとって(あくまでも私の主観だけど)、両者は少し異なって見える。だからこの両者を混ぜて断定されると、どうも気持ちが悪い。主張者が断定できると「思う」のはいい。しかしそれは主張者が思っているだけだ。他人に強要する必要はない。「私は絶対の自信をもって、~を断言します」というのは自由だが、そんなものが何の根拠もないものであったこと、世の中にたくさんあった。

もっともそういうのを見て詐欺だと思うのは、私のような性格の人間ゆえのことであって、世の中の大半の人はそう思はないのだろう。だからそういう人からすれば、私の発言や批難は、単なるいいがかりに見えると思う。わざわざ私にむかって「『思う』では駄目ですよ」とお節介なことを言って来た人もいた。むろん私からすれば、「あなたは、『思う』では駄目ですよ、と思っただけでしょう?」と思ったのだが、まあそれはいい。相手の言いたいことはよく分かる。

私としては、何か知らん文章の中に私自身の主観的判断であることを明示する文字を置き、重力で物が落ちた事実とは異なるものであることを示したい、とそう思って、「思う」はどんなものかね?と昨日のはなしを書いたのだった。

そういえば英語は「I think that」を多用するけど、あれは「私は~と思う」でもあるまいから、どちらかというと「蓋し」かな?

(追記)
そういえば何となく世間の風潮にあわせて「である調」を止めていたが、もしかすると「である調」を止めると文脈に意志が加わるのかも知れない。「である」は事柄の状況を指すには便利だが、意志を著しにくいところがあるからな。もっとも今まで考えたこともがなかったので、単なる思いつきだけど。


3.どちらにするか

このブログは宋代関係の記事から始めたけど(かなり前に削除した)、もう書く気になれないので、やはり春秋関係の記事で締めくくるべきかな。

どうも私は短い文章を書くのが下手だな。すぐ何行にもなってしまう。同じような気持ちで人様のものも見るから、短いのは意味が分からん、という妙な観念をもったりする。いけないなあ。


4.墨子

墨子は戦国時代の顕学として著名で、儒学を嫌い人が好む傾向にある......かどうか知らないが、久しぶりに読んだ感想として、全くおもしろくないの一言に尽きる。あまりに議論がしょぼい。まあねえ、現代的な表現を用いれば高尚にも聞こえるが、いかん原文は素朴すぎて失笑ものだ。

それはともかく、私としては宿命論を否定した非命篇に期待したのだが、これもまたあまりにお粗末だった。なんでもむかしの偉い帝王はこうしたから成功して、馬鹿たれの帝王はこうしたから失敗した、ほら、うまくいくかどうかは人の努力だろ?

なにそれ?そんなものでいいなら、全く同じ材料を使って真反対のことが言える。もともと人間は努力でなんとかなるという主張をいいたいがために、都合のよい資料をならべただけだ。そんなもので宿命論を否定できると思っているとは、あまりにお粗末すぎて涙が出るぜ。

今回は東洋文庫の訳本で読んでいくつもりが、結局は校注を使うことになった。間詁は手許になかったので見ていない。だから東洋文庫はあまり使わなかった。でも同書には時代を感じさせる解説があってほほえましい。その尚同篇上の篇題解説に云う。

この篇は、被支配者が支配者の意志のままに動くべきことを説いている。……もちろん賢人をえらんで君長に推すという前提があるが、この篇では墨子のいくらか反動的な面が出ている。


反動的ねえ。戦前にこの発言をすれば、おそらく発言者が反動的と言われるか、さもなくば反国体と言われるだろう。時代が変われば価値も変わる。戦前の強固な国体論者を敗戦後の人が糾弾するならば、現在の価値の強固な保持者もまた未来の人々に糾弾される。戦前の国体が絶対でなかったように、今の価値が絶対である理由はない。したがってここの発言の当否もまた時代によって異なる。


5.春見、清見

みかんの名前。知ったときは人名かと思い、感じも「春美」「清美」かと思っていた。ポンカンやデコポン系統のみかんらしい。熟れ具合にもよるのだろうが、私が食べたのはオレンジに近い味がした。みかんにもいろいろ名前がある。


今日は暑いなあ。部屋の中がむんむんする。

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「~と思う」

いつも楽しく見ております。
ところで、「~と思う」という表現についてですが、私は、事柄上断定できないような性質のものについては、すべて「私は~と思う」でしかありえない以上、いちいち「~と思う」と付けるのもわずらわしい。読み手だってアホじゃないんだから、向こうで「~と思う」を補って読んでくれるだろう、という気分でいました。
だからどう、ということではありませんが、私はこうです、ということまでで。失礼しました。

コメントありがとうございます。

いやはや、そういわれるとグウの音もでません。大人の対応ですね。「思います」を連発した日本語は読みにくいですから、おっしゃるとおり、断定しかねるものは「思う」を前提とするのが日本語なのでしょう。

とはいうものの、私もそう思う反面、ときおり批判がましい気持ちがわき起こるのです。例えば、中国の対外政策で有名な冊封体制ですが、これは言うまでもなく「論」であり、砕いて言えば「学者が~と思った」ものに過ぎません。ところがたまにこれを「某人が某年に死んだ」と同じ意味での事柄と捉える人がいる。

冊封体制は有名ですから、そういう人も少ないでしょうが、専門家にしか分からない概念の場合、それが事柄であるのか論や学説であるのかを見分けるのは、なかなか難しい。特に教科書に掲載されたものや学部までの授業で習うものは、疑いようのない事柄として聞き手が認識する場合がある。

そういうことを考えると、たまに「思う」を付けるなり、意思表示を加えるなりして、「疑いようのない事柄」と区別した方がいいような気持ちになります。まあ、私の方はその程度の軽い考えで書いただけです。

さみしいブログなので見くださるだけでもありがたいところ、コメントまでありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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