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異説紛々

儒学に触れることが多かったせいか、墨子を読んでもおもしろさが分からなかった。正直なところ、雅さから言えば儒学の方がいいし、実利から言えば法家の方が優れているし、墨子は中途半端な気がする。非戦とか兼愛に至っては噴飯ものを通り越して、あきれ果てて言葉も出ない。世の中、つまらないことを考える人間もいるものだ。

それはさておき、孔子の七十二弟子の一覧はないかなと思ったら、wikiに載っていた。で、それはよかったのだが、どうもね、多分まちがいじゃないかと思うのがあった。ただ私も孔子マニアじゃないので、よく分からない。そういう伝記が残っていたのかもしれない。

以下、気になった箇所。

冉有の項目。

孔子の死後、風体が師に似ていたため後継者として門人から祭り上げられようとしたが、曾子により阻まれたというエピソードの持ち主でもある。


私のいい加減な記憶では、有若だったような気がするのだが、どうだっただろう?

次に私が好感を抱く子夏の項(好感を抱けないのが曾参であるのは言うまでもあるまい)。

『礼記』によると、自分の子供が死亡した際にあまりの悲しみに失明した。それを聞き、同門である曾子が子夏を訪ね、子夏が「なぜ、自分だけこのような不幸に会わなければならないのか」と嘆くと、「ずっと妻子を放っておいて何事か」と諭した。それに対し「我、過てり(われ、あやまてり)」と嘆いた。


おそらく下の『禮記』檀弓上の記事を指してのことだと思う。

子夏喪其子而喪其明。曾子弔之曰:「吾聞之也、朋友喪明則哭之」。曾子哭、子夏亦哭、曰:「天乎。予之無罪也」。曾子怒曰:「商、女何無罪也。吾與女事夫子於洙泗之間、退而老於西河之上、使西河之民疑女於夫子、爾罪一也。喪爾親、使民未有聞焉、爾罪二也。喪爾子、喪爾明、爾罪三也。而曰女何無罪與」。子夏投其杖而拜曰:「吾過矣、吾過矣。吾離群而索居、亦已久矣」。


曾参の挙げた3つの過ちは、(1)子夏の言動のため、西河の民が子夏を孔子と間違えていること、(2)親の死に対して、模範となるべき礼がなかったこと、(3)子供が死んで、泣きすぎて失明したこと、になる。妻子とは関係ないと思うのだが、なにか別に基づくところなり参考文献でもあったのだろうか?

孔子とその仲間は異説が多い。いちいち付き合う気にもなれないが、それでいて、なんとなくおもしろそうな記事に出会すと、興味が湧いたりする。知ったところで何の価値もなく、一文の得にもならないが、そこらが好奇心なのだろう。余計な好奇心はないに限る。

いずれにせよ間違いかどうか分からないので、直すのは止めておく。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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