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雑記

1.この前の双子ちゃん
2.コミケ
3.ピュロン主義哲学の概要
4.朱子学理解の基本文献
(※)以下、本文

1.この前の双子ちゃん

BLのBD、このまえ記事を書いたときは、まだ在庫いっぱいあります状態だったのに、しばらくして確認してみたらもうなくなっていた。ああいうのって結構売れるのね。知らなかった。

ちなみに双子ちゃんのアニメ絵は、BDのジャケットではなく、DVDの2巻の方にのっている。もっともジャケットの絵はアニメ本編の表情よりも明るい感じはする。アニメでもよく笑っていたけど(2~3回、しおれたような顔があった)、どことなく哀しさが拭えなかった。私なんかDVDの2巻を買ったとき、その笑顔に違和感を覚えたくらいだ。まぁ、どうでもいいことだけど。

(※)Amazonに出てるDBのジャケットは特別仕様らしく、いまはアニメ絵になってる。でもアニメ絵のジャケットは本編からかなり雰囲気がずれてるな。というか、大人すぎないかい。

2.コミケ78

なんとなく応募してみたら当選したらしい。もちろん3日目の歴史系だけど。......当選すると思ってなかったし、応募した1月はまだやる気あったけど、もう意気消沈疲労困憊だし、ということで、あまり準備ができていなかったりします。

ええ歳こいてコミケもなかろうというのもあるが、せっかく当選したので、友人とはかって、出席する予定で準備は進めてますが、最近どうも手がしびれて体調面に不安があるので、もし悪化するようならどうなるか分かりません。腰でも痛めたのかな。

いちおう件の『春秋学綱要』(解説付き。もちろん全面やり直し)と宋代関係の1つ、もう一つは友人の得意分野の3つを考えています。さきほど『綱要』をA5になおしたら、無駄に頁がかさんだので、不用な部分は削ってスマートに刷る予定です。

時間と金はかかるけど、まさかもう一度『春秋学綱要』を補正する機会があるとは思わなかったし、冊子にまとめる日がくるとは思わなかった。誰も欲しがらないだろうし、赤字になるのは明白だけど、なんとなく嬉しい気持ちもある。ちょっと頑張ってみよう。

3.ピュロン主義哲学の概要

ダンボールを整理していたら出てきた。懐かしい。学部の時代に『概要』を読み、大学院の時代に『論駁』が出版されはじめたのだ。もちろん訳本のはなし。哲学の背景を無視して、「いいこと言ってるな~」と感心するのも困ったことだが、そこは素人の浅ましさ、いや強みということで、訳文から勝手なことを考えて楽しんでいた。

でも「中国の古典は読めば読むほど馬鹿になる」とかいう偉い人の言葉じゃないが、研究をつづければつづけるほど、明治書院の訳本がゴミの山に見えてきたのも否定しようのない事実だ。でもそう思ったのは私だけではなかったらしく、別の研究室の人も同じことを言っていたのには、ちょっと笑ってしまった。

まぁ専門ですれば慣れてくるから、なんでもかんでも価値を感じるわけにもいかないし、飽きてくるというのもあるんだろう。なにごとも......とまでは言わないが、知らない分野はおもしろいし、新しいことは楽しい。

4.朱子学理解の基本文献

といえば、やはり四書だが、その四書の中心といえば、やはり大学を挙げざるを得ない。戦前の人は明鏡(本当は名教だがATOK先生が変換してくれないのでそのままにしておく)の護持だの何だのと批判的に言うが、そんなもの私には関係ない。悪いが私はその人達の歴史を共有していない。幸か不幸か、人は他人の過去を共有できないのだ。だから彼らが「最近の若者は」と言って最近の人々とも過去を共有できないように、私もまた彼らの過去を共有できない。いや、もっと言えば、人は誰しも他人の過去を共有できやしないのだ。

それはともかく、『大学』(大学章句のこと)にはなかなか適切な訳本がない。いや『大学』にはあるかもしれないが、『大学』とセットになるはずの『大学或問』の翻訳がないのだ。これは非常に遺憾なことで、書籍でもネットでも、よく「朱子学的な~」とか批判がましく口にする人がいる反面、あんがい日本思想の専門にすぎない丸山某の言葉を繰り返すだけだったりと、心許ないのが多い原因の一つは、朱子学理解に適切な解説書と訳本がないからだろう。

しかしそれは批判者の不勉強だけが問題なのではない。皮肉なことに、あまりにも江戸時代に当たり前だった朱子学は、専門家にとって改めて説明を要するものではなかったが故に、研究成果が専門的になりすぎて、普通の人には理解できないものを量産することになってしまった。

たしかに朱子学研究ですぐれた業績を残した著書はあるのだが、おそらく普通の人が読んでも理解不能だろう。それは単に研究書という、一定レベルの学識をもつ人を対象にしたものだからというだけでなく、朱子学について基本文献くらいは理解しているのが当たり前だという、昨今の研究者でもあまりいないようなレベルを前提にしているからだ。

研究書をひもとけば、ごろっと原文ばかりがならんで、「×××(原文)と朱子はいったがそれは、×××という意味であり、つまり×××を結果した。だから×××という言葉が出て来るのだろう。すばらしい」みたいなのを読まされても、普通の人は???になる。

ということで、朱子学について一通り知っていなければならない人のためにも、やはり適切な訳本と解説書が不可欠だろう。そして何よりもまずは、朱子学の基本中の基本である大学から始めるべきだ。悪いけど、朱子語類の翻訳は専門家を喜ばせるだけで、ほんらい朱子学の基本を知っておくべき人々のやくには立たないと、私は思っている。

研究書:

早稲田のサイトに「朱熹(朱子)参考書一覧」が載っていた。土田さんの研究室の参考資料らしい。早稲田関係の資料が優遇されているのは仕方ないだろう(どれがそれにあたるかは書かないでおく)。

このサイトにも出ているが、私のお薦め研究書は以下の通り(日本語のみ。発売年は上のサイトからの転用)。

研究書(概説書):
武内義雄『朱子・陽明』(岩波書店、1936年)
楠本正継『宋明時代儒学思想の研究』(広池学園事業部、1962年)

訳本:
島田虔次『大学・中庸』(『中国古典選』の1つ。朝日新聞社、1967年)

武内先生は宋代の専門ではないが、学識ある人なので発言も格好いい。だいたい専門から少し外れた人の方が正しい意見は多いものだ。ということで私は気に入っている。楠本先生のは、まあねえ、古典中の古典ということで。というか、朱子学研究の方面でこれに勝るものはそうあるまい。なおこの本を書くために書かれた論文が、『楠本正繼先生中國哲學研究』(国士館大学附属図書館編、1975年)にまとまっている。こちらの方がコンパクトで分かりやすいところもある。個人的には、時代思潮を反映してか、楠本先生が歴史的に思想を論じようとした(時代順に思想家を配列しただけだけど)のは残念だと思っている。

島田さんの『大学・中庸』は訳本と言うより解説書に近い。『大学章句』の本文および朱熹の解釈を敷衍したもので、さらに随所に『大学或問』の解説をもりこんでいる。だから現在(普通の人が)朱子の『大学』理解をするには、まず本書を読むべきだとされている。ちなみに島田さんには『朱子学と陽明学』というのが岩波新書から出ており、一部に激賞されているらしいが、私はもう古いと思う。反権力とか言われてもねえ。それこそあえて(笑)と言いたい。ただこれに代わる書物はない。同名の書物があるらしいが、こんな古典的名著となんで同名にできたのか、私には理由が分からない。

何れも古い研究者が書いた古い本だから、最近のはないのかと思う人もいるだろう。たしかに最近の研究書もあるにはある。が、私はあえて勧めない。理由は2つある。1つは私が気に入らないという個人的なもの。もう1つは、最近の研究は古い研究を前提に研究したものの上に、別のものを加えたものが多い。だからなにかの思想的確信を持った研究者が、一から古籍をひもといて研究成果を出したものではなく、つぎはぎだらけの倒れそうな建物なのだ。みかけは美しいかもしれないけども。だからあえてそのようなものを勧める気にはなれない。

そうそう『大学或問』の書き下しは、「黙斎を語る会」に載っている:大学或問

闇斎点(山崎闇斎の訓読)を参考にしたらしいので、そうとう正確だろう。


Firefoxが遅いので(というかカスペルスキーが重いんだけど)、チェックのかからないGoogleのChromeを使ったのだが、小回りが利かないので使いにくい。慣れだろうけど、別に慣れたものがあると、どうにも新しいものには抵抗がうまれてしまう。削除の速さとか、マウスの範囲確定とか、思った通りに動いてくれないから、余計に時間がかかった。それと日本語変換が気持ち悪いな。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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