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雑記

さすがにやばくなってきた。

1.オスマン
2.もういちど読む~
(3.英語)

(※)以下本文

1.オスマン

昨日のを読み返したら、典型的な悪い引用だった。実はあのとき言いたかったのは、引用文周辺を読んでいると、「オスマン早く滅べよ!」みたいなのが行間から透けて見えたので、どうもね、辟易してしまったというだけだったりする。大人が読む本だからいいのだが、違う価値観を持っている人間が読むとああいう言いがかりを付けることになるという一例でした。

オスマン帝国の末期はめちゃめちゃだったらしいから(単にその手の概説書を読んだだけだけど)、支配下の地域は早く滅んで欲しかっただろう。アルメニアとか。とはいえ、そこは立場で、オスマン帝国からすればそういうわけにもいくまい。立場が違えば歴史も異なるのは当然で、むりに一致させる必要はない。だから複数の立場を列挙しておけばいい。

それとイギリスを持ち出したのは、イギリスの批評は皮肉が多いから、その皮肉を大いに真面目に受け取ってやったらさぞおもしろいだろうと思っただけ。

2.もういちど読む山川世界史

今日もちょっと読み進めた。以下、爆笑したところ。

第1:227頁のコラム「レーニン」。なんでもソ連が消滅するなどして、「レーニンの役割をめぐる評価も大きくゆれはじめている」らしい。

第2:232頁の第一次大戦後の西欧各国動向。イギリスとフランスのなか、イギリスのマクドナルド内閣を評して、「しかしこの連立内閣は、外交でソ連を承認したほかは、ほとんど成果をあげることなく、1年たらずで倒れ」とあるところ。

第3:206頁の第一次大戦直前のドイツの動向。社会主義の台頭にともない、「当時、支配層にとっていちばんの脅威は社会民主党の議会へのめざましい新出であった。~社会民主党の勢力は確実に伸張した。しかし社会民主党や労働組合の組織が大きくなるにつれて、指導部では急激な革命よりも段階的改良をめざす修正主義の傾向が強まり、やがてそれが主流となった。」

第1はねえ、レーニンの役割はそれほど変わらないと思うけど、レーニンは間違っていたという結論になっただけだと思う。それに「ゆれはじめている」のではなく、もう地に墜ちているのだ。

第2はねえ、外交でソ連を承認したのはいいとして、なんでそれをわざわざ記入するかな。「しかしこの連立内閣は、なんの成果もあげることなく~」でいいじゃないか。

第3は「しかし」の意味が分からない。日本語の「しかし」は何にでも繋げられる接続詞だけど、上の文章を読む限り、「当然革命的政党になるべきなのに、遺憾なことに、修正主義に陥った」みたいな感じがする。執筆者はどういう気持ちで書いたのだろうか。もし修正主義が間違いで革命的政党が正しいのであれば、著者はもっと早く生まれ、ソ連で銃殺されるべきだったとしかいいようがない。

どうしても歴史は現代に近くなるとつまらなくなる。もう歴史ではなく現在の政治問題になってしまうからだろう。だから歴史を勉強しているというより、現代社会の勉強になってしまうが、そのわりに歴史的叙述なので、なんとも気持ちが悪いことになる。

どうでもいいが、社会主義は素晴らしいはずだみたいな考えを、学者ははやく捨てて欲しい。私などは見聞が狭いから、欧米でこの種の問題がどう取り上げられているのか全く知らない。やはり外国語は多くできるに越したことはないな。いまさら後悔しても遅いけど。

(3.英語)

ユニクロさんが社内英語公用語化したことについて内田さんが何か語っているらしい。

ユニクロの社内英語公用語のことは、一企業のことだし、そもそもユニクロがどれほどの期待を込めてそういう挙に出たのか分からないので、あれこれ語っても意味があるまい。それに都合が悪ければ改めるなり修正するなりすればいいのであって、一度決めればダメでも貫徹するというのは、硬直化した組織にのみ特有の現象で、ダメならどんどん変えたらいいし、そのためにもいろいろ行動すればいい。それができない組織こそやばいだろう。

しかしユニクロさんはともかく、大学の学者となると話しは別だ............というようなことを書こうと思ったけど、時間がなくなったので止めた。

言いたかったのは、歴史は残酷なものだから、繁栄は他人の犠牲の上に成り立つものだ。その犠牲が過去の人でなく、自分自身の身の上や、自分と直接関係ある子供達の身の上にふりかかることもある。だから植民地化して大いに惨めな目にあうかもしれないが、百年くらいたてばそれがよかったことになるかもしれない。逆に日本語でふんばれば今はいいかもしれないが、後でもっと悲惨な目にあうかもしれない。「しれない」ばかりだが、要は何がいいかは、その時々で変わるのだ。語弊を恐れず敢えて言うと......と思ったがやはり止める。

ただし学者が英語で文句言われて耻かいたというのは、多分それが原因ではないと思う。もしその英語ヘタの日本の学者が、これからの世界を生き抜く上で極めて有益な(=金になる)授業をしなかったのであれば、それは教師が悪い。その人は価値のない授業を生徒に強要したのだ。逆に金になる授業をしているのに(もちろん教師が金になると思っている授業ではなく、本当に金になる授業のこと)、生徒がその真価を見抜けず、美しそうな表現で教師を馬鹿にしてやりこめたというのなら、それは生徒が馬鹿過ぎなのであり、そのような馬鹿生徒を入学させた大学が問題なのだ。大学に金がないって?潰せばいいだろ、そんな大学。不用だから生徒が集まらないんだよ。

もっとも大学の学者が、自分たちの狭いテリトリーでのみ通用する知性を保持したいために、余計な知識を国民に与えたくないというのなら話しは別だ。


今の日本は昔の日本ではない。だから今の日本は未来の日本ではない。日本は不易の存在ではない。変易して已まず、そしていつしか実体までもなくなる。それは日本や英語のみのことではないだろう。

北京の高級クラブ摘発は仁義なき政争?

とはいえ、変わらない中国ってステキ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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