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ikan

いかん。最近、文句ばかり書いている。

ということで、少し真面目にと思ったのだが、ちょっと事情が変わって、真面目な話しをする前に一つ文句をつけることにした。まぁ、真面目に書いても大した内容にならないから、一緒と言えば一緒だけど。


高校に「倫理」とかいう授業がある。私は全うに受けた記憶がないのだが、本屋にいくと立派に参考書が並んでいるので、分野は存在するのだろう。政治経済とならんで社会科の附録のような扱いを受けている。力関係からいうと:

歴史(日本・世界)>地理>政治経済>>倫理(および芸術)

という感じに見える。でも本当に授業を受けた記憶がないのだが、どういうことだろうか?

それはともかく、中国関係のもので高校までに習うのはどの程度のことかと思って、その道の「専門」である倫理の参考書を開いたところ、やはり文句を付けざるを得ないと思うようになった。ちなみに私がみたのは一番詳しそうな『改訂版 倫理用語集』(山川出版社、2009年)。

全体的に中味の薄い本だが、これは高校生を対象としただけに仕方あるまい。過去の「反動思想家」の思想をまっとうに紹介して生徒が「反動化」してはいけないからな。それに紙数も限られているし、厳密な解説がなされていなくても、やむを得ないといえばやむを得ない。ということで、私としては相当の譲歩をして儒学関連の部分をみることにした。

以下、酷いところだけ。鉤括弧内は引用。全て91頁。

(1)五経
a「漢代から儒教の根本的な経典とされた」
  →戦国末に六経の併称がみられる。
  →全体的に「五経」と「経学」を取り違えているように見える。
b(五経を列挙して)「『易経』『詩経』『書経』『礼記』『春秋』の五つの書」
  →『礼記』は経書ではない。
  →古文なら易・書・詩・礼・(楽・)春秋
  →今文なら詩・書・礼・(楽・)易・春秋

(2)『書経』
「まだ紙がなかった時代に、竹簡や木簡に書かれて伝えられたので書という」
  →書き方が紛らわしすぎる。

(3)『礼記』
「儀礼について解説し、礼の理論をのべたもの」
  →これでは『儀礼』の解説になる。
  →『礼記』は理論から制度に至るまで幅広い内容を収める。

(4)『春秋』
「魯の国の歴史を記した年代記。孔子の編纂と伝えられるが、異論もある」

いちおう間違いでないように見えるが、なんとも粗雑な書き方だな。「異論もある」って。ややこしいけど、本当なら「魯の国の歴史を記した年代記『春秋』に、孔子が手を加えて経書の『春秋』を作った」となるだろう。でもこれも一つの学説にすぎない。

『春秋』が「魯の国の歴史を記した年代記」というのは、通説ではある。しかし正確に言うと、「『春秋』は、おおくの史料を持ち寄って、魯の国を中心に編纂した歴史書」という立場もないではない。古くは公羊学説の一つにみられる百二十国宝書を孔子が集めたとする伝説などがそれである。この説はそのままでは受け継がれなかったが、漠然と「孔子は諸国から歴史書を集め、それを魯の国を中心に編み上げて、現在の『春秋』を作った」という説は、案外、歴代の春秋学者の間で有力である。

もう一つ、「孔子の編纂」というのも曖昧な表現だ。「異論もある」というのであれば、思い切って「六経の中で易経(十翼)とならび孔子の著書として知られている」としたらいい。

ちなみに「異論も」と「も」が使われているが、日本では「否定されている」がまだ有力だ。中国では、「孔子の弟子が関わっていたのかもしれない」→「孔子の弟子が作ったものではないか」→「孔子は歴史批評を行っていたから、その言葉を弟子が集めたのではないか」となっているので、おそらく「孔子の言葉を集めたもの」から「孔子の著書」になっていくのだろう。

(5)『楽経』
「『礼記』の一部で、現在は失われている」
  →意味不明。
  →『礼記』楽記と勘違いしているのではないか。しかしそれなら後半と矛盾する。
  →『楽経』は、楽譜乃至実際の演奏のことで、書物の体裁はとっていなかった、という説もある。


それにしても「異論もある」とか言い捨てるのは、どれだけいい加減な解説なんだ。どういう「異論」があるのか説明しないと用語集にはならないだろう。『春秋』のみならず、全般的に五経の解説はいい加減だ。だから高校生がこれを真面目に読んでも理解できないだろう。もしこの用語集だけを読んで正しく理解できたとすれば、それは本文を曲解したことの証となるだろう。


もう一つ、四書の一つ『大学』についての説明(91頁)。
「道徳的な修養を積んで自己を修めることが、人を治めることの根本である云々」

儒学は大なり小なりみんなそうだよ。朱子学だけじゃないよ。通常は、格物致知のように「(物質的な)知識」を極めることで宇宙の根本法則を理解し、その根本法則にのっとって生きることが人間としての正しいありかただ、というように理解する。その根本法則に誠意成心とか、そういうのが入る。


最後にもう一つ、四書(91頁)。
「漢代から五経が重んじられてきたのに対して、宋代からは四書が儒教的教養の中心となった。」

聞いたことないな。四書が全面に出始めたのは、宋代の末期だから、「宋代から」というのは微妙にミスリードを誘う。しかも宋元代を通じて五経は盛んに研究されており、清代でも研究の中心は五経にあった。要するに、四書が爆発的にはやったのは、学問のなかった明代だけだ。明の連中は学がないから、五経のような高尚なものが読めなかったのだろう。

上の説明は、どちらかというと日本の儒学に当てはまる。日本においては、四書(朱子学)が伝わる前は五経が中心だったが、四書が伝わって以降、徐々に流行し始め、江戸時代に大いに持て囃された。

日本の思想の中にいると、五経から四書へという流れが当然に感じるが、中国では昔も今も経書は経書として尊敬されている。そもそも五経と四書と言えば、なんとなく違うもののように見えるが、四書の大学と中庸は礼記の一つだし、残りの論語は孔丘先生のお言葉とあって昔から重宝されてきた。孟子は......。だからもともと四書の大半は昔から読まれていたのだ。

もちろん宋代以降に論語とか孟子が流行したのは事実だろうが、五経と地位が入れ替わったように考えるのはよくない。四庫全書を見るがいい。五経類は四書の上に置かれている。どんな分類でも、四部分類を取る限り、五経が四書に下ることはあり得ない。


というわけで、今回も文句に終始してしまった。でも倫理の用語集はいただけないなぁ。上に書いたように、細かく説明するのは無理でも、もう少し正確な記述を心掛けて欲しい。もっともベルンシュタインとか調べてやったら、どーしようもないつまらない説明しかしてなかった。当たり障りのない生涯だけ書いておけば、間違いは起きないわな。

でも折角だから一つケチをつけてみよう。

ベルンシュタインは「貧しい鉄道機関士の子」(230頁)として生まれたらしい。「貧しい」?それはアレですか、中国の古典世界によく見かける、貧乏だから自分の手足を切って見せ物になって物乞いして食いつないだとかいう、そういう貧乏ですか?こういう場合は、余計な批判をかわすためにストレートな表現を避けるものだ。たとえば「裕福とはいえない鉄道機関士の子」とか。


この手の用語集の意味が分からないと苦しむ高校生もいるだろう。真面目に理解しようとしない人は論外だが、そもそも倫理(思想)なんてものは、この程度のもので説明できないものなのだ。五経の説明なんて、ある程度理解しようとすれば、高校生が使う教科書の何倍もある本を何冊も読んで、ようやくスタートラインに立てるのだ。それは他の思想家や思想でも同じだろうし、恐らく「芸術」の分野でも同じだろう。もっといえば「歴史」に対しても同じはずだ。

しかし無理して与えられた用語集を読んでみても、おそらく理解できない。そういう場合は、思い切って受験参考書以外の本を読んでみるといい。難しいのでなくてもいいが、通俗本よりもちょっと上の方が、あんがい説明が丁寧になされている。用語の意味が分からないというのは、(用語の説明が間違っていないのであれば)説明不足なのだ。少なくとも、その読み手にとって必要な情報が欠けているので、頭の中に残りにくいのだ。だから受験参考書を読んで意味が分からない人は、自分の知りたい情報をきちんと書いている参考書を読むといい。そしてその手の参考書は、ふつう受験参考書ではない。

とはいえ、哲学と思想を扱った某辞典には、結構いい加減な記述があるとか、書いた人間に聞いたことがあるけどな。ま、世の中はいい加減なものだ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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