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雑記

1.欲しい本
2.サイキックソルジャー
3.訳本の注

(※)以下本文

1.欲しい本

はいろいろあるが、金も時間もないので読めない。貧乏は嫌だね。もっとも私の場合は読まなくてもいい本ばかりだから、どーでもいいといえばどーでもいいのだけども。

その欲しい本のことですっかり忘れていたのだが、廖平の弟子っぽい李源澄の『経学通論』が単行本で出版されていた。理由は不明だが、著作集が発売されて注目が集まったのかもしれない。でもこれとは別に著作集を編纂した台湾の先生が四川から『李源澄儒学論集』を出していて、ここにも「経学通論」は収録されているらしい。

『李源澄著作集』は立派な出来ではあったが、正直なところ、現在でも価値のある論文というのはそうそうなかった。実際問題としては、我々が読んでおもしろいのは『李源澄儒学論集』の1冊に全部収まる程度の分量だろうし、私に限って言えば、「経学通論」以外は読まなくてもいい感じだ。ちなみに単行本は850円、『儒学論集』は6800円もする。でも『李源澄著作集』全4冊が13440円であることを考えると、『儒学論集』の存在意義はあまりない(ような気もする)。

李源澄は他にも歴史学的な研究を行っていて、先秦史の方でその名を残している。しかし歴史学は経学と違って事柄そのものを扱う分野だけに、新しい発見や資料の分析が発表されれば、もう古い研究にはほとんど価値がなくなる。その点、経学は歴史的な事柄を扱うだけでなく、事柄の意味を探求する学問でもあるので、見識ある経学的発言は時間を超えて価値を残すことができる。

ということで、金と時間があれば李源澄の『儒学論集』も欲しいが、850円の『経学通論』だけで充分かなという気もしている。そうそう『経学通論』と同じ出版社が李源澄の『諸子概論』も出すらしい。思想系列のものだから、読んで損ということはないだろうが、購入の予定は全くない。

その李源澄の著作集について以前ぶつぶつこのブログで書いたとき、民国前後の四川に龔道耕なる学者がいたことに触れた。李源澄の著作はまだしも日本にもわずか流入していたようだが、龔道耕はさっぱりというので、気になっていた。幸運にも四川の(現代の)学者の舒大剛氏が「一位不该被遗忘的经学家―略论龚道耕先生的生平与学术」というのを書いていて、ネットにも流れているので、だいたいのことは分かるのだが、龔道耕じしんの文章が読めるわけではなかった。

で、思い出しがてらふらふら調べていたところ、上の李源澄と同じシリーズで『龔道耕儒学論集』が出ていることを知った。四川大学出版社の説明には「本书收入其论著22种。主要有《经学通论》、《中国文学史略论》、《三礼述要》、《旧唐书札迻》等」とあるので、目的の『経学通論』はこれで読めそうではある。

それはそうと『儒学論集』シリーズは何冊か発売されており、おおむね1冊6800円くらいなのだが、なぜか龔道耕のはその半額くらいの値段になっている。上の舒大剛氏の論文には、龔道耕には膨大な文献があったとあるが、『儒学論集』シリーズの値段から考えて、ほとんど文献が残っていないものと考えるべきだろう。残っておればページ数を倍にして6800円で売るだろうから。ということは、『儒学論集』を買えば龔道耕の主要論文のほぼすべてが読めるということになるのではなかろうか(完全な推測です)。ならば懐が痛いとはいえ、これは買っておくべきではあるまいか。

ということで、今日はこういうどーでもいいことに悩んでいたのでした。経学研究はどれほど時間が経っても色あせることがない。だからまだ見ぬ研究書について考えているだけでも心が躍る。やはり経学は楽しいね。

2.サイキックソルジャー

酒見賢一さんの『陋巷に在り』って、超能力者同士が戦う話だったのか。知らなかった......それに13巻もあったとは。

こういう本があったのは知っていたものの、小説を読まない性分のため放っていたが、儒学をつかってなにを書いたのか気になって調べてみたら、そういう系の話だったのね。読まなくていいよね。白川さんの学説を採ったとか解説している人がいたけど、あの時代はそう言うのがはやっていたんだね。儒学が嫌いなのか、「正統派」が嫌いなのか、それとも拗ねてるだけなのか、曲がった解釈が好きな人っているからねぇ。

まぁ、お前が言うなと言われそうだけど、私は案外正統派なんだよ。ただ古い正統を奉じているために、世間からすると曲がって見えるだけだ。それともう一つ、何事につけ怠惰で不謹慎で無関心なものだから、それが曲がって見えるのかも知れない。例えば、孔子?べつにどーでもいーんじゃね、みたいな感じだから、孔子を批判もするし褒めもする。

これを孔子打倒一本槍の人からみれば歪んで見えるだろうし、孔子尊崇派からすれば曲がって見えるだろうけど、それは主義主張があってのことではなく、単に不謹慎で無関心なだけなんだ。孔子にこだわっていなければ、褒められても貶されても放っておいても、別段それをどうこういう気にはなれない。

でも孟子は嫌いだよ。あの尊大ぶったふてぶてしさが何ともむかつくからね。逆に荀子は好きだね。あの何でも粛清すれば世の中うまくいくと思っているおめでたさが愛らしい。

3.訳本の注

必要という人と不要という人がいる。どちらに道理があるのだろうか。どちらにも道理があるように思うが、だとすればどういう方法を採っても必ず批判されることになる。それは嫌なことだ。

本文の誤植といったところに注を添えるのは、まぁ妥当だし煩瑣でもない。しかし本文の意味内容をごてごて注するのはどうだろうか。注が豊富な方がいいという人の意見を聞いていると、2通りあるように思える。1つは注を読んで本文を理解しようというもので、もう1つは注を使って新知見を得ようとする人だ。ただ後者は本文と関係ないことを求めているわけだから、正直なところ、滅茶苦茶な要求と言わざるを得ない。では前者は正当かというと、これも難しい。

書き下し文のような非日本語の場合、注がないと本文の意味が分からないということは大いにあり得る。だからふんだんに注を付けるべきだろう。「~べし」に対して「日本語で言うと~という意味」みたいなものだ。こんなことするならはじめから現代語訳しろと言いたくなるが、書き下しにするならこういう注も必要になる。なにせ書き下しは日本語ではないからだ。

しかし日本語として意味の通る訳文である場合、その意味が分からないから注を加えろというのは、ちょっと微妙な問題を含んでいると思う。私も不案内な分野の訳本を読む場合、たしかに注があると助かるときもあるのだが、ではそれで本文の意味が分かったかというと、必ずしもそうはならないとも思うのだ。

訳文が日本語として意味が通るにも関わらず、注がなければ意味が分からないということは、もともと読者に訳文を理解する能力がないということに他ならない。そのような読者は注を用いたところで本文の論旨を追うことはできないだろう。その本を読むに相応しい能力がないのだから、本来なら門前払いされるべきものだからだ。

最近は読者にやさしい本が多いから、本は読者のレベルにあわせてあるはずだと思っている人がいるようだが、それは過去の文献には通用しない。過去の書き手にも、できるだけ分かりやすく書こうという人もおれば、出来る限り凝って書こうとする人もいるが、基本的に自分と同レベル以上の人間しか相手にしていない。正当に書かれているにも関わらず読めないというならば、文章の書き手はその人に読んでもらいたいと思わないだろう。なにせ文章というのは、むかしは貴族の特権物だったのだから。

現在既に文章は特権物でなくなっているが、それでも文章のそういう性格はどうしても残ってしまう。平仮名しか読めない子供に法令文章を読ませても、その意味を理解させることはできないだろう。もともと或るものを理解するのに必要な知識のない人は、その知識を必要とする文章を理解することはできない。

だから日本語として意味が通る訳文であるにも関わらず(まぁ下世話に言えば、結構な数の人が正しく読めているにも関わらず)、自分が読めないということは、要は勉強して出直してこいということなのだろう。私なんかも、ずいぶんむかしに分かった気になっていた本を読み直したりすると、全く読めていなかったことに気付かされることが多々ある。要するに当時の私にはその本を読む資格がなかったということなのだ。

もちろん変に深読みして、「この先生は偉大だから、きっとすごいことが書いてあるに違いない」みたいな発言は、厳しく排斥されなければならない。書かれていること以上の意味を、他人名義のまま勝手に読み取るのは著者に対する冒瀆であるとともに、来世の人に対する迷惑でしかない。もしそれ以上のことを読み取ったなら、自分の名前でどうどうと主張すべきだ。過去の権威を借りて偉がろうとする輩は、見つけ次第、嘲笑してやるべきだ。

ま、それはともかく、どうでもいいことだが、難解な漢字やちょっと難しい言い回しをする翻訳に対して罵詈雑言が書かれてあるのをみると、たまにこういう気持ちになったりする。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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