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雑記

寝られなかった。

昨日まだ研究している人間にあった。その人間のことはどうでもいいが、話を聞いていてどうしようもなく怒りがこみ上げてきた。怒りというか、憎しみというか、妬みというか、おそらくその全部だろう。話をしたときは毒づきつつも適当に流しておいたが、家に帰って一人いると、どうにも体が熱くなって何も手に付かなくなった。斬り捨てるべく無関係になろうと思ってきたが、ぜんぜん駄目だ。

私は子供のころから何とはなしに凶悪犯罪者の心理が分かるような気がしていた。たぶん本当は分かっていなかったのだろうが、何となく言いたいことは分かるような気になっていた。自分に近いというか。ただそれでも私は犯罪者にならない自信があった。私と犯罪者との間には、底のない溝があるように思っていたのだ。ただ私はその溝の先っぽに立っていたので、対岸がよく見えるだけなのだと思っていた。しかし昨日それは完全に間違いだったことに気付いた。私と犯罪者との間にあったのは底のない溝ではなく、単なる高く厚い壁にすぎなかった。底のない溝を渡ることはできないが、壁は崩すことができる。そして昨日、確実にその一つが崩れたのが分かった。

いけないとは思っていたのだ。ここ数年、日一日と犯罪者の心理が自分に近づいてきていると感じてはいたのだ。むかしは彼らの言い分が分かるだけだったのが、じょじょに彼らの言い分が正しいのではないかと考えるようになってきていたのだ。だからなんとかそれを防ぎ止めようと、無意識のうちに無関係の関係を作っていこうとしたのだろう。同じ世間を離れるにしても、出世のごとく、世間から出るならそれもそれで一つの道だ。世の中に益することはないだろうが、そうそう害にもなるまい。害になると思う人もいるだろうが、そういう人は自分をよく反省してみるといい。人のことを言えた義理でないことくらい簡単に気付くはずだ。

しかし無関係というのは怖いもので、無関係ゆえに心の平静を保てると言える反面、無関係ゆえに××××××××××××××××××というように考えることもできる。もちろん今の私がそういうことを考えているわけではないが、なにか一日一日そういうところに近づいているようで怖い。

まあ当面は大丈夫だと思う。まだ理性もあし、親もいるから迷惑はかけたくない。そもそもそうならないように人生設計を立て直している最中でもある。それに最悪の場合どうすべきかは子供のころから決めていたことだ。どうにも避けられなくなれば、それだけは実行できるはずだ。それは他人の助けを一切必要としないことだからだ。

他者を必要としないのは素晴らしいことだ。どれほど他者が望もうと否定しようと、他者の存在が必要なければ、それも嗤って通り過ぎることができる。


欲しい本でも全部買えば気分爽快+やってしまった感に襲われてそれどころではなくなるだろうが、本質的な解決にはならないし、そもそも金がないから本もろくに買えないので無意味な妄想だ。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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