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蒙を啓かれたうんぬん注

第1番目の所感

要するに自分の好みを貫き通したという意味でしょうか。考えたこともなかった。

人は他人の趣味に金を払うことは絶対にない。どれほど話のおもしろい人間と会話を楽しんでも、「今日の話はおもしろかったから金払う」というようなことは絶対にない。逆に金を払わないといけないのなら、そんな話は聞こうと思わない。ということで、いかに自分の好みを出さないかということを前提にいろいろやってましたので、そういう風に考えたことはなかったですねえ。逆に言うと、ブログみたいな相互非利益みたいなものは、他人の存在をあまり気にしないで書いている。あくまでも犯罪助長にならない程度に。

もっとも私の場合は自分の好みを全面に押し出して(A氏曰く押田して)いくと、「公共の良俗」に反することうけあいなので、やりたくても出来ないというのはある。例えば......って、書けるわけないよね。そういう意味からしても、自分が読んだり見たりして満足できるようなものは、とても人の前に出せないようなものになるので、おのずと自分の本性をいかに隠していくかというところが大前提になっていくのだろうと思う。

まあでもぎりぎり出せるレベルのものはあるかもしれない。章惇は素晴らしい、だって旧法派がにくいから世の中滅ぼしたんだよ、ステキだよね!とか。間違ってもらって困るのは、「章惇は従来世間から低い評価がなされてきた。しかし実は違う。彼は大変な能力者であっただけでなく、真に国を憂い民を愛する人だった」とかいいたいのではない。章惇はしょーもない奴だからステキだと言っているのだ。

ただし悪者ならなんでもいいというわけではない。私が好きなのは、非常に卓越した能力をもっており、その人がいないと困るようでありながら、その人がいると世の中が亡びかねないという、そういう人ね。与える害毒が天下国家、あるいは超歴史的なものでないとこまる。蔡京みたいに道楽で国滅ぼしたみたいなのは、全く興味もない。勝手にして下さいという感じ(A氏曰く漢字)だ。

人間は未来にむかって生きるのだから、形ある過去の遺物は亡んでもいい(A氏曰く言い)。骨董・絵画を進んで破壊する必要はないが、それを守るために権力が生きた人間を犠牲にするなんてとんでもない。むろん私はなんでもかんでも過去の遺物を保存したがる最近の傾向を危惧している。

要するに同じ悪人でも、その悪が人間の本質に根ざすものであり、人間が生活を営むにおいては如何ともし難い存在でなければおもしろくないということになる。もっと簡単に言えば、「質が悪い」というやつね。しかしコミケは反社会的な集団ではないから、「社会悪をもたらす人をどしどし推奨していくサークルです」みたいな応募の仕方だったら間違いなく落選すると思いますけどね。それどころか2度と当選しないんじゃないだろうか。多分エログロより悪質だと思う。


第2番目の所感

もうひとつの考えとして、自分が見て読んで満足できるレベルに達しないというのがある。どれほど推敲を重ねても、いや推敲を重ねるたびに不満がでてくる。だからその意味でも満足したことはない。どう考えてももっと素晴らしい表現のしかたやもっと適切な訳仕方があるはずで、自分がその域に到底達していないのは明白であるのだから、つねに不満とストレスが溜まる。


以上、注おわり。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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