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藪蛇

余計なことしたらしばらく安静にしていないといけなくなった。そうならないように早めに動いたらこのざまだ。もっと遅く動けばよかった。

1.拳銃
2.詳説日本史研究
3.古文
4.ある本
5.春秋経文
6.中条

※以下本文

1.拳銃

アメリカさんで銃の事件がよく起こる。ただあれは銃があるから事件が起こるのではなく、銃があるから被害が大きくなるとみるべく、銃の有無は事件の有無とあまり関係ないだろう。日本だって包丁持ち出す事件なんて珍しくない。あれが銃になるだけだろ。

それはそうと戦前は日本でも拳銃所持がめずらしくなく、件の高畠さんも懐にいれてうろうろしており、「実際に引き金をひける男」とか言われていたらしい。逆に言えば拳銃を持っていても引き金をひけない人は多かったということなのだろう。まあ上の発言は文士によるものだけど。それに高畠さんを殺しに来た奴もいたほどだから、普通の護身用でもなかったのだろう。ちなみにその殺し屋は高畠さんの留守中に尋ねてきて、いなかったので別の奴を殺しに行って逆に射殺されたという話。

しかし戦前の日本には大量の拳銃が民間にあったはずだけど、あれはどうやって回収したのだろうか。まあ回収そのものは出来るだろうが、素直に民間からかなりの拳銃が消えるというのは、いろいろな環境が作用しているはずだ。日本が中国みたいにだだっ広いところであれば、たぶん拳銃の不可能だっただあろう。あるいは本国の領土が広くなくても、戦前の日本みたいに外国の方々と行き来の激しい国であれば、あまり実効性はなかったような気もする。一時的には民間から拳銃が消えても、ほどなくまたやって来るみたいな。

まあ敗戦から今まで60年ちょいだから、人間の歴史から見ても僅かな時間、これからどしどし拳銃が民間に流れてきても「ほどなくまたやって来る」程度のことなのかもしれないけど。

2.詳説日本史研究

藪蛇になる少し前に本屋で立ち読みした。特に政治や制度については予想外に細かく書かれていて驚いた。でも知りたいのが文化(近代の彫刻と絵画)のことだったので、あまり役に立たなかったのは残念なことだった。どうしても歴史の参考書は文化面が手薄で、そのぶん読者も理解が難しい。例えば思想方面のことに限ってみても、有名な人名や鍵概念は掲載されているのだが、ただ列挙されている感が強く、その説明文を読んでも実感として理解できた気になれない。

もっとも参考書の政治制度を読んで分かった気になれるのは、ただ単にもともとそちらに興味があった手前、なんとなく日ごろからそういう本を読んでいるために参考書の「杜撰な書き方」でも分かった気になれるのかもしれない。あるいは行間とか言外の意味を勝手に読み取っているというか。「執筆者は××大学の人で△△氏の弟子か、そういえばあの人あんな論文書いてたな、それならこういう記述になるわな」みたいな感じで。

文芸方面のことが好きな人はおのずとそういう向きの本を読んでいるだろうから、もしかしたら参考書の薄っぺらい解説でも意味が分かるのかも知れない。ここらは文芸にはどのつく素人の私であってみれば理解不能だ。

3.古文

このまえ人と話をしていて、「いまをときめく人だから~」というような言葉を何気なく使ったところ、かなり年少の人から「それ古文ですよ」と言われた。そういえば高校の受験勉強で覚えたような気もしないではない。まぁ源氏物語のような話し方や言い回しをそのまま用いることはあり得ないが、断片的には古代語も生き残っているので、ひょんとしたことから日常生活で顔を出すときがある。もちろんだからどーしたという話で、別にそれをまとめた本を読みたいとかいう気は全くない。

4.ある本

この前、1年ぶりくらいに大きい書店に行った。そこで前から気になっていた『キリスト教の伝統―教理発展の歴史』を見てきた。高くて買えなかったが、なるほど何冊もあるだけあってなかなか詳しい。もっとも私が知りたいのは現代のキリスト教ではないので、1巻と2巻だけで充分な気もしたけど。

むかし神学の研究は経学にいかせないものかと思って調べたことがあるけど、あまり役に立たないという記憶だけ残っている。なにせどういう派閥かはともかく、キリスト教の(教理の)研究をしている人間はたいてい信仰家なので、経学研究とは目的がずれてしまう。

もっとも経学(儒学)というのは異常なほど世俗的で土臭い学問だから、そのあたりが根本的にキリスト教の教理と相容れないのかもしれない。儒学者にも隠遁とかする奴がいるけど、彼らは世間に受け入れられなかったので世を去っただけのことで、用いられたら尻尾をびゅんびゅん振って飛んでやってくるしな。

宋代の学者ではないが、あと1,2年で死にますなんて言われたら、間違っても経学や儒学に打ち込む気にはなれない。かりに研究するとすれば、それは経学の真理を摑みたいからではなく、ただたんに「もう少しで俺の研究が完成するから」というような理由からにすぎないだろう。儒学者が無理して天理がどうたら言っているが、ご苦労様としかいいようがない。

5.春秋経文

清朝の専門家が使うような異常に細かい板本異同(のわりに杜撰だったりする校勘記)はいらないから、大ざっぱに三伝間の異同を記した経文だけの冊子が欲しい。前にそう思って穀梁伝を軸に作ったが、作った本人が使いにくいので鬱陶しい。

繁体字のフォントがあるんで、それで左氏伝の経文を軸に『春秋経』をまとめて冊子にしようかな。考えたら春秋学綱要よりまずこちらを完成させるべきだった。訳文は人によって異同が激しいので、経文の原文に書き下し文を添付しておけばそこそこ役に立つんじゃないか。誰の?私と春秋学の愛好家とのですよ。

でもいざ作るとなると面倒な作業だけに気が滅入る。経文の異同というのは案外あるのですよ。校勘記はともかく、経典釈文とか陸淳の纂例とか清朝のとか見るだけで面倒になる。

あれだな、貧乏人だから最初からやり直しの必要ない完璧なものを作ろうとして、隠公の2,3年で断念しそうだ。これがお金に余裕があると、「まぁ最初は適当でいーや」みたいな感じで大まかなものだけを明示し、あとで時間があれば少しずつなおして、また適当な頃合いに冊子にするみたいな感じだろうな。でも結局はそれが一番うまくいきそうだ。人間、できそうな目標がないとがんばれないし、踏み台があると次のステップに進めるけど、ゼロから頂上にジャンプするのは億劫だから。

6.中条

青空文庫をなにげに見ていたら宮本百合子の著作が異常に多く登録されているのを知った。ふ~ん。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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