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林癸未夫『国家社会主義論策』抜き書き

第一章 国家社会主義の国家観

一 国家観の重要性

国家社会主義は国家が国家のために行うところの社会主義である。そして国家なるものは全国民から成る一大本然社会である。だから国家社会主義はつまり全国民が全国民のために行うところの社会主義だと言ってもよい。ところが従来の社会主義理論はすべて無産階級本位であって、無産階級の利益のために、無産階級の解放のために、社会主義が必要だと主張するものばかりであった。だがそれは正しい考え方ではない。固より現在の資本主義によって最も苦しめられているものは無産階級であるから、この資本主義を打倒して有産階級の圧制と搾取から自らを解放しようとする欲求を最も強く持つ者が無産階級であることは言うまでもない。併しそれだからと言って社会主義によって利益するものは無産階級だけであって、彼らさへ解放すれば国民の他の部分はどうなってもかまわないというような理論や行動は、共産主義や社会民主主義の立場からは是認されるかも知れないが、国家社会主義の立場からは断然否認されなければならぬ。吾々が国家社会主義を主張するのは無産階級だけのためではなくて全国民のためであり、国家のためである。全国民を資本主義の弊害から救い出して社会主義の恵沢に浴せしめようとするのが吾々の願望である。固より貴族や富豪や資本家や地主の中には永久に資本主義を存続せしめ、不労所得の搾取によって奢侈安逸なる生活を送ることを希望しておる者も多いではあろうが、併しそういう人たちは国民全体から見れば極く少数であって、国民中の大多数は――労働者農民は勿論、会社員でも、官公吏でも、教員でも、軍人でも、商工業者でも、資本主義の弊害を痛感し、その行き詰まりを意識し、もっと合理的な、幸福な、安定した社会組織の出現を熱心に要望しておるのである。そしてそういう要望を充たし得るものは国家社会主義以外にないことを彼等が判然認識する時機の到来するのも余り遠くはないであろう。国家社会主義によって従来の社会主義は無産階級的イデオロギーから国民的イデオロギーにまで発展したのである。そしてそれが国民的であることは取りも直さず国家的であることを意味する。何となれば国家は国民によって組織される全体社会だからである。国家は即ち国民社会である。国民社会の幸福と利益とを唯一の念願として実施されるところの社会主義が即ち国家社会主義なのである。

だが不幸にして従来国家なるものの本質に関して幾多の妄論邪説が行われて来た。勿論それ等の妄論邪説は西洋の学者の捻出したものであって、たとい西洋のある国家に対しては当てはまる場合があるとしても、少くとも我日本に対しては絶対に当てはまらない理論なのであるが、困ったことには、我国の政治学者や社会思想家の中には、西洋崇拝患者が今尚多数存在しておって、西洋の新規な学説とさへ観れば一も二もなくこれを軽信し、その受け売りさへしておれば学者の権威が保てるものの如く考えておる者が少なくないために、後述するが如き個人主義的国家論や階級主義的国家論などを得意げに吹聴して、我が日本もつまりそれだと妄断するのである。だが吾々国家社会主義者は之等の国家論を排斥する。吾々の奉ずる国家論は全体主義的国家論である。全体主義的国家論の何者たるかは後で詳述するが、吾々が飽くまでもそれを主張する所以のものは、それが我が日本という国家の発生及び発展過程並びに数千年来維持し来った国体及び国民生活の実状と当に合致するからである。言いかえれば全体主義的国家論の最も良く歴史的事実に適合する国家が我が日本であるからだ。それに類似する国家論を提唱した者は西洋の学者中にも多少ないことはないが、併しその理論を現実化しておる点に於て我が日本に優る国は他にないのである。そういう理由――然りただその理由だけで吾々は全体主義的国家論者である。そして又それを吾々の国家社会主義理論の出発点とするのである。

「国家主義を指導原理とするところの社会主義が即ち国家社会主義である。国家社会主義は実に国家主義と社会主義との結合にほかならないのである。」とは私が他の機会に屡々道破したところであるが、ここに一言しておきたいことは、国家主義と全体主義的国家論とは離るべからざる論理的関係を有するということである。全体主義的国家論を肯定した上でなければ国家主義という思想は生れて来ない。言いかえれば全体主義的国家論者でなければ国家主義者たることを得ないし、同時に又国家社会主義者たることを得ない。全体主義的国家論と国家主義と国家社会主義とは実に三位一体である。その一つを度外しても吾々の理論体系は構成されないのである。

然るに個人主義的国家論を取ると、それから導き出されるものは社会民主主義であり、又階級主義的国家論を取るならば、それから導き出されるものは共産主義である。これを逆に言えば共産主義者は階級主義的国家論者であるし、社会民主主義者は個人主義的国家論者である。だから若し吾々が飽くまでも共産主義者にあらず、社会民主主義者にあらず、ただ国家社会主義者であろうと欲するならば、吾々は国家社会主義者である前に国家主義者であらねばならぬし、又国家主義者である前に全体主義的国家論者であらねばならぬ。この意味に於て吾々が正しい国家観をもつことのいかに大切であるかが明白であって、それなくしては国家社会主義が多種の類似思想といかに異るかを知ることは不可能であると断じてよい。そこで私はこれから国家社会主義者の当然もつべき国家観を他の国家観と待避してその相違を明にしようと思う。

二 個人主義的国家論

三 階級主義的国家論

四 全体主義的国家論

最後に私は最も正しき国家認識としての全体主義的国家観について説明しようと思う。これは一元的国家論ともよばれるものであって、第十八世紀から第十九世紀にかけて主としてドイツ系統の学者によって唱道されたものである。例えばスピノザ、アダム・ミュラー、ヘーゲル、ボサンケット等がそれであり、現代に於てはオーストリーのスパン、イタリーのロッコ及びドイツのゴーガルテン等がほぼ類似の説を主張しつつある。だがこれ等の諸学者の国家論は概して観念論的、形而上学的であって、実証的、社会科学的でないところに私をして多大の不満を感ぜしめる。従って私自身の全体主義的国家論は右の諸学者の所説と必ずしも一致するものではなく、ただ大体の傾向を同じくするに止まることを予め断っておく。

さて私の国家論を説く前に、先ず明らかにしておかなければならぬことは、国家と民族との関係である。民族とは同一の祖先から漸次増殖し来ったところの一大民衆である。先ず最初に家族があり、それが人口の増加に伴い分裂して多数の家族となり、一個の家族群を形成する。それを全体として氏族(クラン)と名づける。然るにこの氏族が又人口の増加に伴い分裂して多数の氏族となり、一箇の氏族群を形成する。それを全体として種族(トライブ)と名づける。然るにこの種族が又人口の増加と共に分裂して多数の種族を生じ、一箇の種族群を形成する。それを全体として民族(ネーション)と名づけるのである。だから民族の第一の特徴は、その人種的系統が大体に於て同一であることである。勿論民族発展の価値に於て多少他の人種の血液を混淆することは免かれないとしても、その基本的特徴は同一であると見てよい。だが単にそればかりが民族の特徴ではない。その第二の特徴として文化の共通を挙げなければならぬ。即ち一民族は共通の神話や伝説をもち、同一の宗教的信仰を有し、道徳的思想や、芸術的表現や、経済的生活様式も大体に於て同一であり、言語や文章も同一系統に属し、風俗習慣も概ね同一である。これを要約すれば文化が全体として同質的(ホモゼナス)であることが一民族成立の要素である。だからたとい人種が同一であっても、文化が異質的(ヘトロゼナス)であるならば、それは一民族とは言えない。これ即ち同一の人種的系統に属しながら、その中に多数の民族が分立することのある理由である。次に民族の第三の特徴として挙ぐべきものは同一の伝統をもつことである。伝統とは永続的に保持されたる文化の謂である。文化は時代と共に変遷することは勿論であるが、併しその根本的特質だけは数百年乃至数千年の久しきに亘って持続される場合が稀でない。その場合これを伝統と名づけるのである。畢竟伝統とは長い時代を通じて踏襲され来ったところの特殊の文化を指すのである。だから単に同一の文化という場合には、それはある一時代に於ける観念形態や生活様式が同質的であることを意味するが、同一の伝統という場合には、その文化が時代の推移にも拘らず長い年数を通じて同質的であることを意味するのである。

以上の三要素を具備し且それによって他から区別されるところの一大民衆の集団を民族と呼ぶのである。だから民族は自然成長的なる一大本全社会であって、ある必要から計画的に組織される派生社会ではない。それは多数個人の機械的集合体ではなくして、それ以上のユニークなる統一体である。それは恰も人体が多数細胞の集合体ではなくして、それ以上の有機的存在であるのと同様である。そして此の如き民族がそれ自体の政府を樹立するに至った時、それが国家と呼ばれるのである。国家とは畢竟それ自体の政府を有するところの民族の謂である。但し過去の歴史の示すが如く、一民族が最初から全体として統一的な国家となる場合もあるが、これは概して小民族に限られるのであって、やや大なる民族はその中の一種族が先ず政府を樹立して国家となり、その後漸次他の種族を併合して統一的国家となる場合もあり、又一民族中の諸種族が各分裂して数国家となり、然る後その中の最も優勢なものが全体と統一するに至る場合もある。それと同時に一旦統一的国家として出現した民族が、後に内訌を起して数多の小国家に分裂するが如き場合も稀でない。だがそれはいずれであっても、本来人種、文化、伝統を共同する一民族の全部か或いは一部かが、それ自体の政府を樹立するに至った時それが国家となるのである。そして政府が樹立されることは、そこに何等かの方法に於て立法、行政、司法の三作用が開始されたことを意味し、従って又何等かの形態に於ける権力機関の設立されたことを意味する。政府と法律と権力とは常に相互にコロラリーをなすものであって、同時的存在である。だからある民族がその中に政府を樹立するに至ったその瞬間にそれが国家と改称されるのであって、国家とは要するに政府を有する民族であると言ってもよいし、或いは法的統制の下にそれ自らを結合する民族であると言ってもよいのである。国家の中に包容されておる民衆は元来人種と文化と伝統とを共同するところの一民族であって、それは国家たらざるも同質的なる観念形態と生活様式とによって自然に結合されておるものであるが、それが更にそれ自体の政府をもち、それ自身を共通の法的統制の下におくことによって、一層その結合を強固ならしめるに至った時それが国家となるのである。だから民族が国家になったからと言って、それに固有なる本全社会としての性質を喪失するのでもなければ、それから分化独立するのでもない。国家は依然として本然社会であるところの民族が政府をもつことによって、その名称を国家と検めるに過ぎないからである。

だが、国家と帝国とは厳に区別されなければならぬ。帝国とはある一国家が他の民族の全部又は一部に対して法的統制を加え、たといある程度までその自主権を認容することがあるとしても、国家として完全に独立することを許さず、これを中央政府の総括的統制の下におく状態をいうのである。従って帝国はこれを全体として見れば、その中に若干の異民族を包容するものであって、従ってその人種も文化も伝統も異質的であることを特徴とするのである。それ等は一民族として自然には結合することのできないものが、権力と武力とによって強いて結合されておるものであって、その結合を維持する条件は背後に力を有する法的統制以外にはないのである。このゆえにかつては独立の国家であった一民族が他の国家のために征服されて帝国の一部に編入される場合、又はかつては帝国の一部として他の国家の支配の下にあった一民族がある機会に独立して一国家となる場合は、歴史上その例が頗る多いのである。

さて次に吾々の考うべき問題は、一民族(又はその一部分たる一種族)がいかなる原因によって国家化するかということである。個人主義的国家論者は国家の起原を民衆の協議又は契約に帰し、階級主義的国家論者はそれを経済的支配階級の画策に帰するのであるが、併し私はあらゆる国家の起原をかく単一なる原因の下に概括することはできないと思う。現在地球上に存立する国家は約六十であるが、併し過去数千年の間には幾百千の国家が興亡したのであるから、それ等が最初成立した時の事情は種々様々であって、そこに普遍的な単一原因を見出すことは困難である。殊にその起原の最も古い国家にあっては、建国当初の事情は概ね神話伝説の世界に属し、その真相を知ることは容易でない。併しながら有史以降現代に至る期間に於て成立したる諸国家については比較的正確にその史実を知ることができる。今それ等の史実を綜合して考察すると、吾々は国家成立の原因として最も有力なるものを二つ指摘することができる。一つは民族の独立であり、他は民族の統一である。前者はある民族が他の国家の侵略、征服又は圧制に抵抗してその独立を保全し、固有の文化と伝統とを擁護しようとする要望に基くものであり、後者はある民族がその内部に於ける分裂を統一し、その結合を強固ならしめようとする要望に基くものである。が、そのいづれの場合に於ても建国創業の大任に当る者は民族精神を代表し、全民衆の欲求するところを現実化するだけの能力を具備する時代の英雄である。かかる英雄の出現を俟って初めて新国家が成立するのである。

国家の本質及び起原は上記の通りであるから、それは個人主義的国家論者の説くが如き単なる法律的社会ではなくして、同時に道徳的社会でもあり、宗教的社会でもあり、芸術的社会でもあり、経済的社会でもある。民族の有する一切の文化は国家の中に於ても依然として保有されている。国家と民族との相違は前者が法律を有するにも拘らず、後者がこれを欠ぐことにあるのであるが、併し国家が法律を有するからと言って、法律以外のものを失うのでは決してない。未だ国家とならない前の民族が有したるあらゆる文化の上に、新に法律という一つの文化形態が附け加えられるだけである。だから国家の中には法律は勿論、道徳、経済、宗教、芸術等の諸文化が綜合的に保有され、しかもそれ等が互に分化独立することなく、相互依存、相互影響の関係の下に渾然融合されて一箇の有機的存在を形成するのである。乃ち国家は部分社会ではなくして全体社会であり、派生社会ではなくして本然社会である。かく見るのが全体主義的国家論あるいは一元的国家論であって、国家を単なる法律的社会と見る個人主義的国家論や、国家を階級抑制機関と解する階級主義的国家論の如きは、到底吾々の認容すべからざるものである。

なお附言すべきことは国民なる語の意義である。西洋では民族も国民も共にnation又はVolk等の語を以て言い表わされるから、この両者が混同され易いのであるが、日本語としての国民と民族とは明白に区別することができる。国民とは国家の構成分子としての個人の総数を意味する。これを人体に譬うれば細胞というが如きものである。人体はこれを生物学的に見れば幾億万かの細胞の集合体である。それと同じく国家は数百万乃至数千万の個人の集合体である。この集合体を指して国民と呼ぶのである。だから一民族が全体として一国家となった場合には民族と国民とは事実上同一物であるが、ただ異なるところは民族は人種、文化、伝統を同じくする一大民衆であるが、国民は尚その上に共同の政府を有し、共通の法律的秩序を有するものである。然らば国民と国家とはいかに相違するかというに、国民は国家を組織する多数の個人を一つの集合体として見たものであるが、国家は国民を統一化し体系化し有機体化したる一個の全体として見たものである。譬えば国民を株主とすれば国家は株式会社の如きものである。株式会社は株主によって組織されるものではあるが、併し株主即株式会社ではない。それと丁度同じく、国民がなければ国家なく、国家がなければ国民はないが、併しこの両者は決して同一物ではない。国家は常に国民以上のある者である。

さて、右の如き全体主義的国家観の上に立って国家と個人及び階級との関係を見ると、国家は個人又は一階級の利益のために、その手段として存立するものではなくして、一民族全体の利益のために存立するものであることは自ら明瞭である。一民族の有する特殊の文化と伝統、言いかえれば他の諸民族のそれと判然区別さるべき独自の思想、精神、道徳、芸術、国体、政体、経済組織、社会制度等を擁護し、宣揚しようとする一民族の自己保存、自己拡充、自己発展の欲求が、必然的にその民族をして国家たらしめるのである。何となれば国家たることなしに右の如き民族的欲求を貫徹することは不可能だからである。従って国家を必要とするものは個人でもなく一階級でもなく、あらゆる個人と階級とを包容するところの民族全体である。牢固として抜くべからざる民族的本能、民族的精神、民族的生命が国家を要求し、それ自体を国家化するのである。国家は株式会社や労働組合の如く、多数の個人が自己の利益を擁護するための手段として、合議の結果これを組織したものでもなければ、又経済的支配階級が政権を利用して被支配階級を圧制搾取するための道具として発明したものでもない。個人や階級を超越する全体社会としての民族の普遍意思が、それ自体を国家たらしめるのである。従って国家は当該民族に取りては、手段でも道具でもなく、それ自身である。何者といえども自己を自己の手段とすることはできない。手段は常に自己以外の他の物でなければならない。然るに国家は民族に取りては自己以外の他の物ではなくして、それ自身なのであるから、いかなる意味に於ても国家を手段として利用し得べきものではない。かく国家が民族の手段たり得ないとするならば、ましてその一部分に過ぎないところの個人や階級の手段たり得ないことは言うを俟たない。それは恰も吾々の全身が一細胞又は一手一足のための手段たり得ないのと同様である。吾々は全身の健康のために一部分を犠牲とすることはあり得るけれども、一部分の健康のために全身を犠牲とすることはあり得ない。それと同じく国家はその成長、発展、興隆のために一個人、一階級の利益を犠牲とすることはあるが、一個人、一階級の利益のために国家全体の利益を犠牲とすることは決して許さないのである。

かつて第十八世紀末のイギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムは「最大多数の最大幸福」を以て国家の目的であると唱えたが、この多数の幸福という観念もやはり個人主義的であって、全体主義的でない。何となれば、数の多少は個人を単位として計算されるものであって、つまり国家を個人の機械的集合体と見るものだからである。全体主義の立場からは国家を個人の機械的集合体とは見ないで、個人を超越したる不可分の有機的一全体と見るのである。一全体なるがゆえにそれを構成する各部分に於ける個人の数の多少は何等重要なる意味をもたない。これを人体に譬うれば、脚を形容する細胞の数は、頭を形成する細胞の数よりも多いであろう。だがそれゆえを以て脚が頭よりも重要であるとは誰も考えないであろう。一個の有機体に取りては唯全体としての生命だけが重要なのである。然るに個人主義者は細胞たる個人を至上の存在と認め、国家を以て個人の幸福に対する手段と見るからして、国家の任務はできるだけ多数の個人に、できるだけ多量の幸福を保障するにあると考えるのである。彼等からすれば国家の善悪は国民たる個人が各自に享有する幸福の総計の多少によって決定される。だからベンサム及びその亜流たる功利主義者は、個人の財産所有権、個人の快楽、個人の自由を最も貴重なるものとし、これを保護することが法律の最大の目的であると主張したのである。然るに吾々全体主義者は国家は個人の幸福のために存在するのではなくして、それ自体の保存、拡充、発展のために存在するものと考える。従って国家の善悪は国家自体が自己の目的に対して有効適切に行動しつつあるか否かによって決定される。国家は常にそれ自身の目的を追求しつつあるものであって、その一部分たる個人や階級は断えず国家の目的に奉仕すべきものであり、国家の利益に反せざる限りに於てその存在を認容さるべきものである。

以上が私の主張する全体主義的国家観であるが、かかる国家観こそ現代の日本国民の大多数が有する国家観と正に合致するものであることは私の信じて疑わざるところである。我が国民は私の論述したような国家観を未だ理論的に判然認識するには至っていないが、併し直感的には国家をかかるものとして意識しておることは誤りないと思う。「国家のため」という一語は、国民の断えず口にするところであるが、謂う所の国家が全体主義的意義に於ける日本国家を指すことは、何人も否定し得ないところであろう。乃ち我が国民は、個人主義者や階級主義者が何と言おうとも、国家の本質を性格に意識している点に於て世界に比類なき国民であり、従って又国家を擁護し、国家に奉仕しようとする道徳観念の強烈なる点に於て、万国に卓越したる国民であると断定し得るのである。

全体主義的国家観こそ我日本に妥当する唯一の国家観である。そしてこの国家観を理論的基礎とするところの社会主義が国家社会主義である。だから看板だけは国家社会主義であっても、全体主義的国家論を否定する者は、その実共産主義者か然らざれば社会民主主義者であって、ただ単に戦術上の詐略から国家社会主義の仮面を蒙っておるものと見て誤りはないのである。

******************************

林癸未夫『国家社会主義論策』(章華社、昭和8年)第一章の国家社会主義に関係する部分。

はじめ『国家社会主義原理』だと思って抜き書きを始めたら、実は『国家社会主義論策』だと知ってやる気がなくなった。まぁどっちも似たようなものだからよしとしよう。なお原文は旧仮名遣いおよび旧漢字だが、今回は新仮名遣い新漢字に改めた上、さらに一部の難読漢字を平仮名にし、一部の漢字に送り仮名を増補し、またルビを丸括弧に加えた。

林癸未夫については前にいい加減な目録を作り、かつ『随筆天邪鬼』と『西洋思想の日本化』の感想を書いたのでそちらを参照。

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