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疲労困憊?

1.......疲れた。
2.表敬訪問
3.頭の悪いはなし
4.思い出したはなし
5.国会図書館のデジタルライブラリ(M.T.のデータ)
6.司馬光の誠実さについて
7.湛甘泉研究会

※以下本文

1.......疲れた。

さすがに自分のミスで手痛い目にあうと疲労倍増だな。他人から罵倒されたくらいなら、相手をたたきつぶしてやろうと逆に息巻きもするが、自分の失敗だと目も当てられぬ始末だ。でもまぁ、自分の範囲内だけのことだったから、他人に迷惑がかからなくてよかった。もしかしたら横目でせせら笑ってたのかもしれないけど、別に構わないよ。そういうのは慣れてるから。だから他人はどうでもいいが、自分の失敗は許せない。なんとなく生きてるのが嫌になってきた。

しかし私には疲労すればするほど余計なことを書きたくなる性分があるらしい。忙しいときほど(もちろん書く余裕があるほど忙しさということですけど)余計なブログ更新をしている。あほだな。

2.表敬訪問

それはともかく、私も暇人なので自分のブログに来る人とか調べることがあるんだけど、定期的にご訪問くださる人がいるらしい。その中の数人は知り合いだから、表敬訪問の意を込めてと冷やかしついでに嗤いに来てるんだろう。だけどそれ以外の人は何の目的でこのブログに来てるんだろうか?

自分で書いておいて言うのもおかしいけど、このブログは見るところないんですよねぇ。記事の大半が妬みによる人の罵倒だから。それとも罵倒が見たいのだろうか!?そういう人とはぜひお友達になりたいものだ。

でも、よく分からないことだらけのなか、一つだけはっきり分かっているのは、春秋関係の記事は極端に人気がないということだ。これだけは確実にいえる。いついかなるときに調べても、はっきりとした成果が現れている。さすがだ、春秋。春秋が人なら大いに褒めてやりたいところだ。これからもどしどしそちらで攻めていきたい気にさせてくれる。

念のため言っておくけど、望まれてる記事があるならそれを書きますよ。書ければですけど。例えば劉敞の一族は南北両宋の境界をどう生きたか!みたいな傾向のは、話の種も少なければ書くのも大変なので、あまり嬉しくない話題だったりする。

3.頭の悪いはなし

ここ二三日ばかり暑くて寝付けないので、眠たくなるまで師走先生の『奥さまはアイドル』を読み直すことにしていたのだが、本を置き、意識がゆめとうつつの狭間を漂っていたころ、四コマとも実物とも分からないまゆりん(※)を眺めていた。夢は寝る直前に見ていたものを見るらしいので、おかしいことではないのだが、さすがにどんだけ頭の悪い夢を見てるんだとびびった。

ちなみにそれで目が覚めてもういとど寝たら、こんどは寝起き直前(?)に自分の失敗で疲労困憊の夢を見た。もちろん上の失敗ね。

※『奥さまはアイドル』の主人公。私はどちらかというと師走先生の作品の中では『あおヤマ』のかえでちゃんが好きなんだが。別に夢で見たいとは全く思わないけどね、あまりにも当然だけど。そういえばかえでちゃんは簿記二級らしい。

4.思い出したはなし

どうでもいいこと書いていたら思い出した。

むかし元代の春秋経解を読んでいたとき、どうにも眠たくて、それはもうどっちがはやく眠れるかをのび太君と競っても勝てるんじゃないかと思うほど眠たかったのだが、ぐうぜん目に入った解釈があまりにすばらしくて、衝撃のあまり眠気が吹き飛んだことがあった。「いったい誰がこんな見識ある発言してるんだ!」とあわてて自家製資料を調べてみたら、なんのことはない、劉敞の解釈だった。

まぁ劉敞ならそれくらいの見識ある発言があって当たり前だ。ところが劉敞の著書ばかり読んでいると、どれもこれも見識があるものだから、見識のある発言が普通に見えてしまう。だから特にこれといって気にとめるようなこともなかった。

しかし元代の経解には上から下までいろいろな解釈が交じっているから、優れたものもある反面、どうしても質的に劣ったものも含まれてしまう。そういうところに劉敞のような最高レベルの解釈が紛れ込むと、それはもう目が開けられないほどにまばゆく輝いて見えてしまうのだ。


で、何かって?劉敞はすばらしいという話でした。ちなみにどの解釈に感動したかはもう忘れてしまった。でも大丈夫。彼の解釈はどれもこれも感動的だから、適当にページを開いたらすんばらしい解釈と出会えるはずだ。

5.国会図書館のデジタルライブラリ

知らない間に高畠さんのデータがたくさん増えていた(直リンクできないので自分で探してみてください)。まだ有名なものがいくつか残っているが、こんごも増えていくだろうから、これで高畠さんの本は写真で読めるわけだ。国会はこれから画像データから文字データにも領域を拡大していくのだろうから、これでおおむかし私がセコセコとタイプしたデータはゴミになったわけだな。もしかしたら復活させないでもよかったのかもしれない。

あとわがサイトでやれることがあるとすれば、現代語に書き直すくらいだろうか。まあ、強いて利点を求めれば、国会のものは著者単位で著書をデータ化しているが、拙サイトのは雑誌の論文も(一部だが)収録しているというところだ。でもまあこれもあまり意味がないことは、作った本人である私が一番よく知っている。

で、こういう便利なものをありがたがって使っている人間が言う言葉ではないが、なんでもかんでも保存しようとするのはいかがなものかと思う。古いものだと分かれば何でもありがたがって残そうとする。一説によるとこれを保存というらしい。なんでもかんでも破壊しまくればいいとは全く思わないけど、どうでもいいものまで保存しようとすると、かえって価値あるものが消えてしまう。

なにもかもを残すことができないし、また残す必要もないのだから、大した価値のないものはドシドシ消していったらいい。

でも国会図書館にはいままで何度もお世話になっているし、こんごもまだしばらくは大いにお世話になりそうなので、あまり文句はいいたくない。なにせ某図書館と違ってここは親切なんだ。

そういえば電子書籍も国会に寄贈してるんだろうか?

M.T.=Motoyuki Takabatake=高畠素之=高畠さん

6.司馬光の誠実さについて

調べるのが面倒になったので某書の記事を訳すだけにする。真偽は知らん。

王広淵という男は英宗の寵臣で、まだ英宗が藩邸にいたころからの旧知の仲だった。そのため皇帝となった英宗はその大抜擢をはかったほどだった。しかし王広淵はまだ抜擢もされぬ前から、英宗のためをとばかり、盛んに世間の関心事をその耳に入れたばかりか、「宰相や執政は権力を己がものとしております。ぜひとも陛下の手に権力を取り戻さねばなりません」と発言していた。英宗も、その子の神宗も、ともにこの発言を信じたものだから、当時の宰相はどれほど王広淵を憎んでも如何とも手の打ちようがなかった。そこで諫官の司馬君実(我らが司馬光先生のこと)を唆し、「王広淵は邪悪な人間だから陛下の周りに置いてはならない」と進言させた。司馬光は八、九回にもわたり弾劾の上奏を行ったので、さしもの王広淵も地方に転出せざるを得なくなった。さて、世間では君実が王広淵を弾劾したことのみを知り、その裏に宰相の策動のあったことを知らぬありさまだ。ここに鑑みても、言路の人間を唆して君主の忠臣を排斥せしこと、古今いずれも免れがたきものと言わねばなるまい。

その後、神宗の御代になると、君実はまたも「楊絵は曾公亮について云々すべきでない」と弾劾した。ところが神宗はみずから滕元発に意見を下され、楊絵にこう弁解された。──「(司馬)光は誠実な学者だが知恵者とは言えぬ。おそらく誰かにそそのかされたのだろう」と。かつて地方に転出させられた王広淵は、「君実は誠実純情な男だ。きっと人にそそのかされたのだろう」と言ったというが、神宗のこのお言葉はきっとこれを踏まえられてのことだろう。

※司馬光

神宗時代には徹頭徹尾新法に反対し、宣仁太后の時代にはそれが評価されて宰相に迎えられた。二十年ちかく行われた新法を何の考えもなくいきなり全廃して世の中を混乱に陥れた。新法を全廃すると、自身の失政を目にすることなく死んでしまったラッキーマン。人間的には人格者だったらしく、神宗からも信頼されていた。また『資治通鑑』を編纂したことでも知られている。学問が政治に益さないことを身をもって示してくれた好紳士。

と、このまえコミケに持って行った『宋代名賢伝』の人物紹介に書いたけど、あんがい当たってたのかも。

7.湛甘泉研究会

というのがあるらしいな。さっすが中国、なんでもやってるね!

湛甘泉(名は若水。甘泉は号)は王陽明と同時代に生きた学者で、朱子学っぽいことを発言したり、それに逸脱してみたりと、忙しい思想生活を送った人として知られている。まぁ平たく言えば、朱子学が現実的に役に立たなくなったから別のものに取り替えたいけど、かといって本人に朱熹ほどの学才があったわけでもなく、さりとて王陽明ほど傍若無人でズーズーしい人間でもなかったので、小さくまとまったような人だと思ってもらえばいい。

でも人柄は悪くなかったらしく、また当時にして94歳もの長寿をたもったので、一時は学界のドンとしてなかなか重きをおかれたらしい。が、こういう人にありがちなことで、時代とともにその名声も消えてなくなり、もはや中国の思想を研究するような奇特な人以外にその名を知る人はいない......とまでは言わない。地元の人は知ってるだろうから。でも、もうかなり無名の部類にはいる人だと思っていいだろう。

湛甘泉の著作を日本で読むのはかなり難しいが(ツテのある人をのぞく)、幸か不幸か、台湾の中央研究院に「泉翁大全集」としてデータが珍蔵されている。ご苦労なことだとしかいいようのないが、一部の人には便利なことであろう。私は楊子折衷というのをちらちら見て、「あぁ、ほんものの明人だった」と思って読むのをやめた。だってねえ、「至道在心,奚必遠求(真理は自分の心の中にある。自分の外に求める必要などない)」から始まるなんて、何かの冗談としか思えませんよ、いやほんとうに。

つまり湛甘泉というのは、そういう男なのです。

湛甘泉(百度)

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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