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雑記

涼しくなったと思って走ったら汗かいた。

1.更新の魔
2.民主主義=全体主義?
3.歴史の有効性
4.四コマ
5.四コマ2
6.親しきなかに怨みあり

※以下本文

1.更新の魔

あっちの高畠さんサイトをこっちに移動したのでチマチマ更新することにしたんだ。で、だいたいの区切りを9月の12日に決めていたのだけど、ファイルを一つ二つuploadして問題ないか確かめようと思ったんだ。ところがどっこい、ftpの操作を誤ったらしく、いきなり全ページのリンク場所(index2cという名前の高畠サイトの根幹の部分)を更新しちまったい!もとのデータは残ってないので、おかげで全部のファイルを更新する羽目になってしまった。見てもらったら分かるけど、更新日時が未来の日付になってます。いや、見ないでいいですよ。

とはいえ、いちおう宣伝がてらリンクだけはっとく。「偏局観測所

2.民主主義=全体主義?

News - 鈴木宗男衆議院議員上告棄却

「何が善で何が悪かを決めるのか、誰が決めるべきかというところに問題があると言っているのだ」とかいって、「法を書く人を、選挙されていない人が裁く」ことに「違和感」を覚えているらしい。それなら共産主義の国にでも行ったらいいのではないか?

彼らの考えに従えば、議員(のようなもの)は国民の信託を受けているわけだから、国民を至上の存在とみなすのであれば、議員はその他の権力によって掣肘されるべきではなく、従って議員の構成する組織が全権力を掌握するということになる。

理屈の上ではこの考え方も成り立つ。しかしそれをやった結果が専制独裁じゃなかったっけか?しかも大昔の人間と違って、高度な通信技術と軍事力を身につけた現代の人間だから、いったんそういう独裁体制が構築されると、あまりにも被害が大きくなりすぎる。だから理論上はともかく、わが国ではそういう愚かしい理屈に振り回されないよう、権力を分散させて、相互に監視させることになっているはずなんだがな。

議会制民主主義だの何だのと聞こえのいいことを言っているが、ちょっと人間の能力を過信しすぎているとしか思えない。人間はそれほど立派な存在ではない。失敗するのが前提だから、その失敗の規模ができるだけ小さくなるよう、制度を作っているだけだ。変な話だが、完璧な民主主義を実現できる人間と制度であるならば、逆に完璧な専制主義を実現することもできる。そうすれば人間は、主体的にそして自由に、バカンスを楽しむことができるはずだ。

最近は思想とか闘争とか、そういうものに疎すぎる知識人が多いように思う。

3.歴史の有効性

経済学を王座から引きずり下ろせ!

いいこと言ってる。経済学は知らないけど、少なくとも歴史学に未来を切り開く力はない。それは現実的にも、技術的にも不可能だ。歴史学の能力は、単に、過去の遺物から判断する限り、これこれはこれこれだった、と言えるだけだ。そして歴史学は、過去の遺物から判断することが正しいか否かを判断する能力を持たず、したがって歴史の真実に到達する能力を本来的に持たない。

例えば、『長編』から資料を引っ張ってきて、「ーということがあった」と言ってみたところで、その『長編』が正しいかどうかなどは全く分からない。『史記』にこうかいてある、でも後出の『漢書』にはこうかいてある。『漢書』は『史記』を見て、勝手に資料を捏造して事実をねじ曲げた。──というようなことを言ってみたところで、『史記』が当てずっぽうで書いたのを『漢書』がきちんと手直ししたのかもしれず、あるいは『史記』も『漢書』も間違っているかもしれず、しかもその可能性は全く否定できない。

はなっから疑った上で、「どうこう言っても、結局、分からないんでしょ?」──と歴史の専門家に聞いてみるといい。彼らは素人相手になら、テキトーなことを言って弁解するだろうが、同じ専門家を相手にすれば、おそらく「そんなことを言ったらなにもできなくなる」とか「しかたないだろう」とか言うだろう。そうなんだよ。素人相手には偉そうに講釈たれても、結局はその程度のものを真実らしそうに語っているだけだ。

歴史はもっと政治的にあるべきだ。すなわち、現政権にとって都合の悪い事実はなかったことにし、都合のいい歴史だけがあったことにすればいい。こういうと反対する歴史学者も多いだろう。なぜか、それはそういう歴史が歴史学者の思想信条にとって都合が悪いからだ。

4.四コマ

スーパーメイドちるみさん 9 (まんがタイムコミックス)スーパーメイドちるみさん 9 (まんがタイムコミックス)
(2010/09/07)
師走 冬子

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師走冬子先生の『スーパーメイドちるみさん』第9巻をようやく手に入れた。もう連載10年なんだな~と思いつつ、第1巻のころとは全然うまさが違うな~とも思いつつ、読ませてもらった。

本巻収録の四コマはタイスペの巻頭カラーを担当していたころのものだから、全体的におとなしめの展開が多く、突飛で奇抜で摩訶不思議なお話は少ない。だから表紙にはメイドさんがデンと描かれ、ちょっと手に取りにくい印象もあるが、実は萌え四コマではないので、興味を持った人は安心してほしい。

え?もちろん私は行きつけの本屋で購入しました。他人がちらほらするなか、一切の迷いなく本書を手に取り、颯爽と会計カウンターまで持って行きましたよ。「さっすが、ちるみさんはかわいいなー」とか考えながらね。ちなみに主人公のちるみさんは向かって右側、奥の方。手前のはその先生で鬼教官のちまきさんです。

巻末のちふゆの顔は笑った。確かにそうなるはな。

5.四コマ2

ようやく『ジャンボ』を読んだ。あおヤマ、ラスト直前。師走先生がじっくり時間をかけて最終回まで練り上げたというのだから、そういう最後を読めるのは嬉しいことではある。が、その反面、いままで当然のようにあったものが終わるのはどうしても悲しいものがある。

それと「ヒツジの執事」も読んだ。来月に残業編が発売されるので、その宣伝をかねたゲスト登場だったみたいですね。ミニ様の話でも、新しい話でも構わないから、ナントカ氏の連載を読みたいものだ。でも正直なところ、いまのジャンボにナントカ氏の四コマが合うかといわれると、ちょっと微妙な気もする。

ジャンボは萌えと社会人向けとのあいだのような四コマが多かったから、ナントカ氏のも違和感なかったけど、今のジャンボはきらら予備軍のような四コマ雑誌になってしまった。ナントカ氏の四コマにも萌え的要素はあるけど(というか、むかしきららでも連載してた)、萌えにしては生きた人間の臭味がにじみ出ていて、その微妙な混ざり具合がおもしろさを醸し出しているのだが、それが逆に今のジャンボに合わないようにも思われる。どこでもいいから連載して欲しいとはいうものの、できれば作品のカラーにあったところで連載して欲しいとも思う。

萌え系の四コマばかりが増えるのは寂しいものだな。

6.親しきなかに怨みあり

宋公と衛侯が垂の地で遇の礼を行った。──財物を軽んじ、礼儀を重んずる。これは当然ながら正しい身の処し方である。人の争いというものは、常にその怨むところから起こるものだが、その怨みはまた、常にその親しきところから起こるものである。

by 劉敞

争いが怨みから起こるのは当然だが、その怨みが親しき間柄から起こるのを見抜いたところに、劉敞に優れた人間観察力がある。人間というものは、互いに親しき間柄になれば、争いは起きないし、起きようがないと考えがちだ。しかしそれは違う。親しき間柄にこそ怨みの心は生じ、いったん怨みの心が生じたならば、それは争いとなり殺し合わねば止まないのである。

と、劉敞が書いてないことまで推論してみる。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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