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いろいろ

ぼちぼちまじめにやらんといかんかな、できそうにないなー

1.春秋属辞弁例編および南北史合注
2.庸語
3.高畠さん家
4.続礼記集説
5.参考書

※以下本文

1.春秋属辞弁例編および南北史合注

何気なく調べていたら属辞弁例編と南北史合注のデータを見つけた。まぁ好きな人のあいだでは有名なのだろうけど、私はついさっき見つけたと言うことで。

属辞弁例編は清末の張応昌という人が書いたもので、内容はその書名の示す通り。どちらかといえば宋代の研究方法に近く、漢学的な方法(漢代の古説を発掘してその意味を明らかにしたり、今古文を論じて師法を解こうとするもの)は採用していない。

近い時代に登場した書物だけに、それほど世間に流通してはいないが、名著として紹介される場合が多い。私もかつて読んだ......というより見たのだが、とにかく大部の書物で、よくいえば至れり尽くせり、事細かに春秋の「例」について実例と論証を進めている。ま、悪く言えば、煩瑣に過ぎるという感じもしないではない。

春秋学の便利本でもあるので是非一セットそろえたいと言いたいものの、線装本はともかく、影印本が出たという話も聞かないし、なかなか落ち着いて読めないなーと思っていたところ、偶然に本書のデータを見かけた。はじめは違法データかと思ったけど、そうでもないらしいので、どうどうと長時間にわたって読んでしまった。

そうそう、そのついでに南北史合注というのも少し見た。これは南北朝の歴史書を集めて、その異同を事細かに記したもので、堂々たる便利本として知られている。できがいいので四庫全書に収録される予定だったが、寸前のところで問題が起こり、闇に葬られてしまった。そのため市中に出回ることもなく、研究機関にでもいないとなかなかお目にかかれない書物になってしまった。

あまり関係ない時代のこととて、必死に読むではなかったが、見たことがなかったので、どんなものか一目見たいと思っていたところ、弁例編とともに目にすることができた。ああいう本だったんだね。勉強にはならなかったけど、せっかく目に出来たんだ、悪くはないだろう。

そうそう、うわさどおりきっちり「四庫全書」と書かれていた。たしかに四庫全書の収録候補だったことは分かる。

2.庸語

薛応旂に庸語というのがある。その序文による限り、平素から発言に気をつけていた薛先生が、細心の注意を払って、間違いなかろうと思う言葉を集めたのが本書で、なんでも平常(凡庸)の言葉ばかりで、奇抜なものがないから、庸語と名付けたという。まぁ、この序文は弟子が書いたらしく、したがって真っ赤な嘘が書かれてある可能性も十分あるが、要は内容がよければいいのだから、本書にまつわる経緯や真偽はどうでもいいだろう。

で、開巻劈頭の言葉がこれ。──「古之教者、以徳服人。今之教者、以力服人。古之学者、服人之徳。今之教者、服人之力。」

おどろくほど平凡な言葉でびっくりした。平凡ですけどと言われて相当な労作はよく見かけるが、平凡ですけどと言われて本当に平凡なのも珍しい。

いやまぁ、儒学的な世界観を肯定するのであれば、もちろん薛氏の発言は悪くない。したがって、戦いこそが正義であるという考え方にたつのであれば、薛氏の発言はどうにもならないほど間違った悪しき考え方といえるが、王朝時代の中国にありふれた考え方を前提するのであれば、決して間違った考えではないだろう。

が、どうにも普通すぎる。普通が悪いわけではない。宋代の学者も似たようなことをよく口にしている。しかし宋代の方にはそれなりにおもしろ味があるのに、こっちには全くそれが感じられないのはなぜだろうか。真似だからではあるまいか。

明代の学問というのは、宋代の学問を前提にして、よくいえばそれをより細かく分析したり、解釈を変えたりして、自分たちの学問を作っていった。逆に悪くいえば、結局、明の人は宋代の学問用語を越えることができず、せいぜいその亜流にとどまるとも言えなくもない。

明代の学問が好きな人はそこに面白味を感じ、より深く研究を進めるのだろうが、私のように宋代にとどまってしまった人間からすると、明人の議論はどうでもいい宋人の言葉尻を捕まえてあーだこーだ言ってるように見えてしまい、それなら自分で新しい用語でも見つけてこいよ、という文句が出てしまう。ここらは好みの分かれるところだから何ともしかたあるまい。

だから明代の思想家のなかでも、あくの強い連中は自分らしさを全面に出してくるので、煩瑣ではあっても特異な(ように見える)発言を残すが、ごくありふれたまじめな人間は、本当に宋代の学問の上っ面のような言葉を残すことになる。まじめなものだから自分の考えを洗練させればさせるほど、本来の前提に戻ってしまうのだろう。

ほら、誰かの学説に影響を受けた人間が、それを否定したり肯定したりして研究を深めていき、紆余曲折を経た後、老境に入って気づいてみれば、もといたスタート地点にもどっていた、というような感じ。もっと言えば、戦前の教育を受けた人間が、敗戦後に必死でそれを否定したつもりが、ふと気づいてみると自分の価値観が戦前のものに依拠していたことを知り、かえってそれを肯定するような。

薛氏の言葉というのは、なんというか、猿真似が最後に馬脚を露わしたように見えないでもない。あ、いやいや、先祖返りした、という程度の言葉でいいのか。

3.高畠さん家

いちおう更新が終わったので記念に書き残しておこう。旧版のデータのことね。

そうそう宋代史の辞典も削除した。もともとfc2の規定で置いてはいけないのに置いていたので削除したもの。大したものではありませんが、もし欲しい人がいれば、コメントかメールでご連絡ください。あ、そうそう春秋学の辞典もないではありません。

4.続礼記集説

う~む、続礼記集説もあるのか。衛氏の礼記集説はそれはもう大部の書物で有名だが、その続きというやつを清の杭世駿が作った。それが続礼記集説。基本的に現存文献は原本で確認すべきでなのは当然として、それでも都合よく書物を持っているわけでもないので、とりあえず関係ある学説を知るという意味では非常に便利な書物ではある。もっとも衛氏のは清代のだから原著書の残っている引用学説が多く、衛氏のものほど貴重なわけではない。

5.参考書

程端學の春秋三伝弁疑は思いのほか役に立つ。四庫官はぼろくそに避難するけど、それほどではない。もちろん程端学が正しいと思って読むと好ましからざる結果を招来するが、そういう意見もあるな~という「軽い」気持ちで読むのであれば、参考になるところも多い。

それともう一つ、この本は宋代の三伝批判を大量に引用するので、宋代にどのような批判や研究があったのかを一望するのに便利だ。あとは現存著書が残っている場合、例えば劉敞の春秋権衡や葉夢得の三伝讞などであれば、直に各々の書物を調べればいいということになる。

もう一つこれと似たものに春秋或問(程端学の)がある。これは三伝を批判したものではなく、経文ごとに有名な解釈をあげて問答形式の研究を行ったている。だからこれを参考にすれば、宋代の学者が各々の経文にどのような解釈をしていたのか、有名どころを一望できるわけである。が、こちらは三伝弁疑ほど議論が多からず、したがって思ったほどには役に立たない。有名な学説も案外抜け落ちている。

他に程端学じしんの解釈に春秋本義というのがある。これはあまり参考にならない。学説史的にはそこそこおもしろい書物ではあるが、春秋を理解するために読むということであれば、あまり進められない。もちろん某書の剽窃というほどではなく、あるていどはまじめな書物だが、なにせ孫引きが多く、引用がずさんで、その点がまず感心できない。

さらに引用学説もそれほど思ったほどには多くない。冒頭の春秋伝名氏には百数十家の学者名をあげるが、それらのすべての学説が引用されているわけでもなく、また実際に引用された学説の数は非常に限られた範囲のものである。だから程端学の考えを理解するために本義を読むのであればいいのだが、春秋を理解するための参考書に用いるというのであれば、予想外に使い勝手が悪い。

ということで、本義と或問はともかく、三伝を読むというのであれば、三伝弁疑もあんがい便利なので是非利用されたし。ただし清代のものではないので、史実の考証は重視されない。どちらかというと、三伝の解釈は正しいのか、三伝は何を言おうとしたのか、というような点を重視している。つまり三伝の記した事柄を学ぼうというのではなく、三伝の主張を理解したい人向けの本と言える。

ただし発言内容は恐ろしく批判的なので、人の批判が嫌いな人は読まない方がいい。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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