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妄言・妄想・妄念

何かを書こうと思った瞬間、虚しくなってしまった。全般的に頭がおかしくなってきているようだ。でもまあ備忘録がてらに関係ないことを書いておこう。

中国経学という雑誌の第二輯に鄭良樹という人が論孔子講《春秋》というのを書いている(《》は日本語の『』に同じ)。この論文は『論語』から春秋時代に関係する論評を抜き出して孔子と春秋の関係を探ろうとしたものらしく、考えてみれば誰でも考えそうだけど誰もあえてやろうとは思わなかった研究の一つと言える。まあ鄭氏の研究結果をここでバラすわけにもいかないから、興味のある人は自分で読んでみてください。

趣味で術数(中国の占いの本)の目録をよく見るのだけど、この手のものは途絶えることなく出版されている。占い好きが多いのは昔から変わらないのだろう。書虫にもちゃんと術数というジャンルが立てられているものな。しかも画像が多いのを見ると、日本でも購入している人が少なくないと見える。

占いなんぞ当たるはずはないというものの、そこは春秋はパチモンだと知りながらその知的探求を楽しむのと同じ気持ちで、それとなく興味がわく。もちろん自分で占おうとか、占いを信じている人間を言い負かそうとかいう気持ちはサラサラないし、占い師に騙されている人間がいても素知らぬ顔を決め込むのだが、仮にもそうとうの知恵と知識をため込んだ人間が占いに何を見出だそうとしたのか、どうしても興味がわいてしまう。とはいえ、占いも度を過ぎると経験則を寄せ集めた一種の擬似科学になってしまうので、そうなるととたんに興味はなくなる。

結局、散漫に知識を集めてみてもどうにもならない。いや、それが楽しい人に文句を言うつもりはない。それにそういう楽しみも分からないではない。しかしいい悪いの問題ではなく、自分自身がそれを求めていなければ意味がない。もっともいまさら春秋とか宋代の知識を磨いてみても何の意味もないのも事実。なんとなく『長編』とか見るとムカムカしてきた。不思議なものだな。ようやく手に入れたときはあれほど輝いて見えたのに。

そういえばここ数日、高畠素之に関するイベント(個人的な)が多かった。不思議とこういうのが重なるときがある。貧乏人の私には高畠さんの著作を本で出版する金もなし、もしデータを見ておもしろい、便利だと思うようなら、せいぜい使ってやっていただきたい。

しかし高畠さんのテキストデータを新漢字新仮名遣いですべきだったのかどうか、未だによく分からない。その方がよかったような気がしないでもなし、やはり普通の意味で旧漢字旧仮名遣いの方でよかったような気もする。こればかりは分からない。いまそこはかとなく後悔しているということは、やはり失敗だったのだろうか。まああれを読む人は旧漢字や旧仮名遣いていどは苦になく読めるだろうし、もし苦にする人がいるなら、そういう人は高畠さんの文章を読まない方がいい。意味を正確に捉えられないと有害なことが山ほど書いてあるから。

高畠さんの弱点は四十そこそこで死んだことだと思う。どれほどシニカルで達観していても、四十そこそこまでの感性を宿した文章しか世の中に残していないことになる。だとすれば五十にでもなってから高畠さんの文章を読んだ場合、やはり得られる感銘は減るのではないだろうか。下手をすれば「若いな」みたいな感想になるかもしれない。もっとも高畠さんの活動家なんだから、五十でも六十でも七十でも、同じことを言っていた可能性は充分ある。石川さんの文章なんて戦前も敗戦後もほとんど変わってないものねえ。

なんとなく高畠さんのことが気になって調べてみようかと一瞬思ったけど、考えたらこのまえ大量に資料を捨てたんだった。いるかいらないか迷うものはいらないものだ、という考えがあるらしいけど、この場合は必ずしも正しくなかったということだろうか。でも、なければないで調べる気も収まったので、やはり当たっていたのかもしれない。高畠さんも、もう私にとって過去のことになったんだな。こうやってなにもかも過去のことになっていくのだろうか。結局、研究で残ったものは何もなかったような気がするな。憎悪とか不満以外は。

高畠さんのことに限らないけど、同じ対象に興味を持って、程度の差こそあれ、同じように読んでいった場合、大なり小なり、重要だと思う場所は重なるらしい。社会民主主義とか特定の立場から論じるのでない限り、すなわち高畠素之を高畠素之としてなんとか理解しようとする努力をする人どうしであれば、その評価こそ異なれど、高畠さんの発言でここはと思う場所はだいたい似通ったところになるっらしい。

だから高畠さんについて触れた論文や著書を見て、まったくどうでもいい箇所から引用とかしてあったりすると、それはもう高畠さんを知るために努力したのではなく、都合のいいタイトルの本を読んでたまたま都合のいい箇所が見つかったから引用したか、あるいは他人の論文に引用されていたのでその原本を探して引用したかのどちらかになる。高畠さんの国家主義的側面を説明するのに『マルクス学解説』とか『マルキシズムと国家主義』とかから引用するのはナンセンスだと、私は思っている。

開封府尹

崇寧三年,蔡京奏:「乞罷權知府,置牧一員、尹一員,專總府事;少尹二員,分左右,貳府之政事.牧以皇子領之.尹以文臣充,在六曹尚書之下、侍郎之上.少尹在左右司郎官之下、列曹郎官之上.以士、戸、儀、兵、刑、工為六曹次序,司録二員,六曹各二員,參軍事八員.開封、祥符兩縣置案倣此.易胥吏之稱,略依唐六典制度.」
『宋史』職官志

徽宗宣和七年十二月二十二日,以皇太子除開封府牧。時上有内禪之意,用本朝故實也。(『宋会要輯稿』職官三七、開封尹)

尹闕則置權知府事,以少卿以上充,兼功(事)[使]及畿内勸農使。(同上)

「宋代郡守通考:北宋京師及東西路大郡守臣考」でも見ればとりあえず宋代の開封府長官の一覧表が載っていると思います。まあどこかの偉い人はこのシリーズが出たとき資料をかき集めてきただけで吟味が出来てないとか文句言ってたらしいですけど。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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