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要録など

そういえば『要録』にはテキストデータがあったのを忘れていた。おかげで昨日は中華書局本の紙をぺらぺらめくる羽目になってしまった。それでさっき奥底に眠っていたテキストデータを引っ張り出してみたところ、テキストと中華書局本には文字の異同があるらしいことにはじめて気づいた。まぁ『長編』ならいざしらず、『要録』テキストデータなんて使ったことないから、気づかないのも当たり前ではあるんだけど。

さて私がどこかの中国サイトから拝借したテキストデータは、本文も注も一緒くたにしているので、おそらく四庫全書の電子版をコピペしたものか、あるいはその系列のものだろう。そう思ってこちらの四庫全書の画像データと比較してみたら、ほぼ同じという感じがした。目が痛くなるから真剣に比べてはいないけど、四庫全書系列のテキストと考えて問題なかろう。

で、一方の中華書局本だけど、これは何故か巻末に賈似道の跋文がないとか、不思議な本ではあるのだけど、最終冊に添えられた校勘表の端書きに「本書係采用商務印書館国学基本叢書本之紙型重印。審閲付印様書時,曾経参考広雅書局、仁壽蕭氏両刻本,及宋史、続通鑑等書,稍加訂正。除商務本排校断句之錯誤及其他文字顕著之錯誤,已予照改外;凡予別本及他書文字有異同……者,均酌量列入本表中,以供読者参考」とあり、国学基本叢書を底本に、広雅書局、仁壽蕭氏両刻本を利用したこと、そして四庫全書を参照していないことが分かる。

この二つ、別段大した違いがあるわけでもないが、冒頭のところで気になる違いがあった。

テキストデータ:
建炎元年(歲次丁未。金太宗晟天會五年。)春正月。【臣謹案:建炎改元,在五月之朔,今為所載乃中興事始,故依『資治通鑑』及累朝實録歲中改元例,即于歲首書之。或謂:「建炎元年無春,當依舊文,用靖康二年紀事。」臣謂:「不然。『春秋』魯定公以六月即位,是六月以前,國人必稱昭公三十三年矣。而孔子書之曰『元年春王三月,晉人執宋仲幾于京師。夏六月戊辰,公即位。』孰謂定公元年之無春乎。」故臣此書,以元加春,蓋亦竊取春秋之義。】

中華書局本:
建炎元年(歲次丁未。金太宗晟天會五年。)春正月。【臣謹案。建炎改元。在五月之朔。今為所載乃中興事。始改依資治通鑑及累朝實録歲中改元例。即于歲首書之。或謂建炎元年無春。當依舊文。用靖康二年紀事。臣謂不然。春秋魯定公以六月即位。是六月以前。國人必稱昭公三十三年矣。而孔子書之曰。元年春王三月。晉人執宋仲幾於京師。夏六月戊辰。公即位。孰謂定公元年之無春乎。故臣此書。以元加春。蓋亦竊取春秋之義。】

もう一つ

テキストデータ:
金國者,在遼之東北,蓋古肅愼氏之地。其國在漢稱伊掄,南北之間稱和奇,隋、唐稱默爾赫,至五代始稱女眞。祖宗時,嘗通中國,後臣屬于遼。建中靖國元年,遼海濱王耶律禧立,號天祚皇帝,立十五年,女眞完顏旻起兵

中華書局本:
金國者。在遼之東北。蓋古肅愼氏之地。其國在漢稱伊掄。南北之間稱和奇。隋唐稱默爾赫。至五代始稱女眞。祖宗時。嘗通中國。後臣屬于遼。建中靖國元年。遼海濱王耶律禧立。號天祚皇帝。立十五年。女眞完顏旻始叛

中華書局本の「始改」もよく分からないが、「晉人執宋仲幾於京師」の「於」は、定公元年からの引用文だから、「于」でなければならない。全般的に中華書局本は「於」を使いたがってるように見え、なんとなくデータの方が正しいような気もする。ところがデータの「起兵」と中華書局本の「始叛」では、まあ普通は後者の方が正しくて、前者は清の朝廷が書き換えたと考えるべきなんだろうなあ。

もともと『要録』は伝本の絶えていたところ、四庫官が『永楽大典』から輯佚したもので、ふつうに考えれば四庫全書が最もいい版本のはずなんだが、永楽大典からの輯佚本は、たまに四庫全書収録以前のものや未改訂本が流出したりするから、永楽大典本といえども簡単に四庫全書が一番とは言えない。

とはいえ、中華書局本には四庫官の案語が附されているし、そもそも四庫提要もくっついてるくらいだから、おおもとが四庫本であることに相違はなく、したがって中華書局本と四庫本の相違も、中華書局本が何を根拠に四庫本を改訂したのか、あるいは中華書局本はどの四庫本を底本にしたかにかかってくる

「起兵」と「始叛」の関係からして中華書局本の方が善本を参照したように見えるけど、中華書局本が軽い気持ちで改訂したのかもしれず、あるいは四庫全書は勝手に文字を改めるという、神経質な学者からするとあまり喜ばしくないことをしているけど、たまに素晴らしい改訂をしてくれるから、上の「始改」とかも意を以て改訂したのかもしれない。何にせよ国学基本叢書、広雅書局、仁壽蕭氏の底本を調べないことにはら埒があかない。

ググってみたら大学のゼミで読んでるところもあるみたいだけど、どの版本を利用しているのだろう。

中国には清抄本が複数あるらしい。その中に遼寧省図書館に孔繼涵の抄本があって、「清乾隆四十一年孔繼涵抄本、存一百八十卷[一至一百八十])とある。孔繼涵は永楽大典本の原本(四庫官未改訂のもの)を抄録してたりするから、もしかしたらこの本は四庫全書の前身かもしれないなあ。

あぁ、ちなみに四庫官未改訂のものが最善というわけでは全くない。四庫官は永楽大典から抄録した後、他本や同時代資料と比較したり、永楽大典の誤植(いうまでもなく大典は杜撰だ)を訂正したり、偉大なる大清帝国の威光を傷つけるような部分を改訂・削除したりして、四庫全書の定本とする。

この間に夷狄の文字を改訂してない(かもしれない)『薈要』なんてのが作られたりするんだけど、抄録した後にいろいろ手を加えているのだ。もとが宋版だったりすると難しい問題をはらむことになるが、永楽大典本の場合は四庫官の改訂作業を経た方がより正確な本になる。だから四庫官未改訂のものを見つけて大喜びするようでは話にならない。

したがって古いものを愛でることを目的とした骨董屋的研究をするならいざしらず、通常の意味での善本というのであれば、四庫全書の方が未改訂本よりも優れていることの方が多い。四庫官をなめるなというところだな。ただし現行本の『要録』は金人の固有名詞を勝手に改めているので、その点については、未改訂本があった方が便利といえば便利だろう。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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