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経学変古時代(経学歴史)

皮錫瑞『経学歴史』
経学変古時代

・『』……書名
・〈〉……篇名
・〔〕……私の補足

  経学は唐より以て宋初に至り,已に陵夷衰微せり。然れども篤く古義を守り,新奇を取る無く,各々師伝を承け,胸臆に憑かざること,なお漢唐注疏の遺のごとし。宋の王旦の試官たりしとき,題に「仁に当りては師とも譲らず」と為せしとき,賈辺の「師」を解して「衆」と為すの新説を取らざれば,宋初篤実の風を見るべし。乃ち久しからずして風気遂に変ず。
  『困学紀聞』に云う,「漢儒より慶暦の間に至るまで,経を談ずる者は訓故を守りて鑿たず。『七経小伝』出でて稍々新奇を尚べり。『三経義』の行わるるに至り,漢儒の学を視ること土梗の若し。」王応麟の説に拠らば,是れ経学は漢より宋初に至るまで,未だ嘗て大変せざるも,慶暦に至りて始めて大変するなり。『七経小伝』は劉敞の作,『三経新義』は王安石の作なり。或ひと謂う,『新義』は多く〔劉〕敞が説を勦(かすめと)れり。元祐の諸公,王学を排斥すれども,伊川が『易伝』は専ら義理を明らかにし,東坡の『書伝』は議論を横生し,みな世に伝えらると雖も,亦各々新を標す。
  司馬光が〈論風俗箚子〉に曰く,「新進後生,口に伝え耳に剽み,『易』を読みて未だ卦爻を識らざるに,已に十翼は孔子の言に非ずと謂い,『礼』を読みては未だ篇数を知らざるに,已に『周官』は戦国の書と為し,『詩』を読みては未だ〈周南〉〈召南〉を尽さざるに,已に毛〔亨〕・鄭〔玄〕を章句の学と為し,『春秋』を読みては未だ十二公を知らざるに,已に三伝は之を高閣に束ぬべしと謂う。」
  陸游も曰く,「唐より国初に及ぶまで,学ぶ者は敢えて孔安国・鄭康成を議せず,況や聖人をや。慶暦より後,諸儒の経師を発明すること,前人の及ぶ所に非ず。然れども〈繋辞〉を排し,『周礼』を毀ち,『孟子』を疑い,『書』の〈胤征〉〈顧命〉を譏り,『詩』の序を黜け,経を議するを難しとせず,況や伝注をや。」案ずるに,宋儒は伝注を撥棄し,遂に経を議するを難しとせず。〈繋辞〉を排するは欧陽脩を謂い,『周礼』を毀つは〔欧陽〕脩と蘇軾を謂い,『孟子』を疑うは李覯と司馬光を謂い,『書』を譏るは蘇軾を謂い,『詩』の序を黜けるは晁説之を謂う。此れみな慶暦及び慶暦の稍々後の人,其の時風の気節の然るを見るべければ,亦独り劉敞と王安石のみを咎めず。


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