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春秋権衡・左氏学派への批判(00)

心残りだった東都事略も済ませたので、こんどは本命の劉敞の春秋権衡に移る。劉敞には他に春秋意林があり、こちらも魅力的な書物ではあるのだが、いまどき経文だけを頼りにああだこうだ論じても意味が分からないだろうし、そもそも宋代にあってもまずもって行われた研究は三伝の批判だろうことに鑑みて、まずは春秋権衡にすることにした。別段だれかに向けて作業するわけではないので、いちいち宣言する必要もないことではあるのだけど、こういうのは気分も大事なので、いちおうここに書いておくことにしたまでである。

正直なところ私の学力をもって春秋権衡がどれほど正確に読めるかはなはだ不安ではある。おそらく致命的な読み誤りをすると思うが、これを決定稿にするわけでもなく、読み進めるうちに不用意な訳語や完全な誤読に気づくこともあるだろうから、不安な箇所があっても当面の間は気にしないでおくことにし、読み切れないところは原文のまま残すことにする。

ということで、後はもう読むだけなのだが、なんでも私の文章は不親切に過ぎるそうなので、奇特にもこれを読む人に向けて、あらかじめ春秋権衡がどのような書物かを述べておくことにする。いやまぁ私としては、もしこれを読む人がいたにしても、その種の人は解説を必要としないと思うのだが、文句を言われるのもおもしろくないので、ここにこうして蛇足をつけることにしておこう。


では早速、劉敞の春秋学については、春秋劉氏伝春秋権衡春秋意林の四庫提要に詳しいので、そちらを参照されたい。一般にいわれる劉敞の春秋学は、概ねこの範囲を超えない。........ではいけないだろうから、もう少しだけ説明しておく。

春秋権衡は北宋の学者劉敞の撰した春秋の研究書で、春秋左氏伝・春秋公羊伝、そして春秋穀梁伝のいわゆる春秋三伝を論駁した書物である。劉敞の春秋学は、遠くは唐代中期の啖助・陸淳らに、近くは北宋の孫復に淵源するが、劉敞は彼等の研究をよりいっそう深めることで、宋代春秋学の方向性を決定的なものにしたと言われている。

劉敞の批判方法は、当時にあっては穏当であり、また説得力あるものであった。彼は経文ごとに三伝の得失を解明するのであるが、その際、同時代の多くの学者のように己の成説でもって三伝を論駁するようなことはせず、三伝内部の矛盾があることを説明した。左氏伝を例にとればこうである。

左氏伝は凡例とよばれる学説を奉じている。凡例とは、書物のはじめに置かれる「凡例」と同じで、一冊の書物を貫通する書法のことである。「書名には二重鉤括弧を用いる」と凡例で定義したならば、その凡例をいただく書物は、つねに書名に二重鉤括弧を用いなければならない。もし用いないのであれば、用いない理由を特別に記さなければならない(春秋学ではこの例外を特筆や変例とよぶ)。

左氏伝によれば、春秋経には凡例があるという。すなわち春秋経には春秋経を貫徹する一定の書法があるというのである。ならば逆にこう言えるだろう。ある書法が凡例であるならば、例外を除き、つねに同一の事柄に対して同一の書法でなければならず、同一の書法であるならば、つねに同一の事柄を意味するものでなければならない。

劉敞はこの左氏伝の凡例説を逆手に取り、次のような論駁を加えたのである。──ある経文に対する左氏伝の解釈は、他の同型の経文にも当てはまらなければならない。しかるにある経文に対する左氏伝の解釈を別の経文に適応させた場合、矛盾が起こる(あるいは経解として頗る不適切である)。ならば左氏伝のこの凡例は間違っている。左氏伝の学説には、春秋経を解釈するにおいて致命的な欠陥がある、と。

このような方法で次々と三伝の問題点を列挙していったのが、本書春秋権衡である。全体の構成は、巻一から巻七までが左氏伝に対する、巻八から巻十三までが公羊伝に対する、巻十四から巻十七までが穀梁伝に対する、おのおの論駁になっている。そして左氏伝と公羊伝に対してのみ、総合的な批判を巻一と巻七、および巻八と巻十三に加えている。

劉敞がなぜこのような批判的研究を行ったのかは、なかなか難しい問題を含む。ただ一つ言えることは、劉敞がこのような三伝批判を展開したのは、三伝をよりよく理解する為では全くなく、春秋経の正しい理解を求めてであった。しかし同時に、劉敞にとっての春秋経の正しい理解=解釈=春秋伝は、三伝を主要な根拠とするもので、その行き着くところ、春秋権衡によって問題点をすべてのぞき去った後の三伝を集成したものに限りなく近い存在であった。このあたりは宋代の春秋学を貫く問題であるだけに、簡単に説明するのは難しく、また説明するのも面倒くさいので、今回は省略に従う。

しかし本書をそれほど難しく捉える必要はない。そもそも本書は読者に三伝の問題点を知らしめるために著されたものである。ならば読者としては、本書を読み、三伝の誤りを認めるならそれでよし、逆に本書の間違いだと思うなら、それでもいいのである。要するに役に立つところだけを読者じしんが選べばそれでよく、殊更に劉敞の主張や思想、経学説を理解しようと務める必要は全くない。

本書を読んだ読者が、よりいっそう三伝の理解を深めるか、それとも経文の研究ぬ向かうかは不明だが、読者の研究になにがしかの影響を与えることができたなら、劉敞としてもまずは一安心だろう。......と言いたいところだが、劉敞は自意識過剰な天才肌の男だから、決してそんなことは思うまい。彼は本書の自序でもはっきり言っている。──本書が世に出て、正しく理解できたやつはいなかった。しかしそれは私の責任ではない、読者が悪いのだ、と。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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