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春秋権衡・左氏学派への批判(01-01)

前漢の学者があえて左氏の学を修めなかったのは、左氏の判断が聖人の本旨を取り違えていたからである。だから「左氏は『春秋』の本旨を正しく伝えていない」(*1)と言われたのだ。これは間違いないことだ。左氏の学を修める人々は、この批判に恥じ、みなして「丘明は仲尼から『春秋経』を受けた」と弁護の論陣を張ったが、所詮これは言い逃れにすぎない。本当は間違っている。その理由はこうである。

仲尼の活躍した時代、魯の賢者で仲尼に従学しないものはなかった。ところが丘明だけは弟子の列にいなかった。もし丘明が本当に仲尼から『春秋経』を受け、その『伝』を著したのであれば、なぜ弟子の列になかったのだろうか。仲尼から『春秋経』を受け、その教えを後世に伝えておきながら、弟子ではなかったなどと言えるだろうか。これらから判断して、仲尼は丘明に『春秋経』を授けたことはなく、丘明も仲尼から『春秋経』を受けなかったと考えてよかろう。

ならば丘明はどのような方法で『伝』を著したのだろうか。丘明は『春秋経』の解釈に着手したとき、旧章の常例を国史や策書に適用した。しかしこれによってできたのは、事件の成功と失敗を示すことだけだった。仲尼が『春秋経』に込めた褒貶については、とても解明し尽くせなかったのだ。なぜなら丘明は仲尼から『春秋経』を受けなかったからである。学者はこれをよくよく考えねばらならない。


(*1)『漢書』巻三十六(劉歆伝)の言葉。
(*2)周公の制定した史書の記述方法。

なにか一言と思ったが、特に書くこともないので、訳文だけ載っけておくことにする。質問があればコメントかメールでどうぞ。答えられるかどうかは分かりませんが。

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