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『秦山集』雑感

秦山先生の文集に『秦山集』というのがある。もともと秦山先生が出版すべく準備していたもので、諸般の事情で谷家に所蔵されていたのを、明治になって一族の谷干城が出版したものだ。線装本で5冊(仁義礼知信)に分かれている。再版されてはいないはずなので、明治刊本として世間に出回っているのは、すべて同じ本だと思われる。もっとも私の手持ちのものはいちど線をほどいたのか、大学の書庫で見たものよりも雑な括りではあったし、大学のものは贈呈用の言葉が最後(信冊の裏表紙の内側)に附されていたように記憶する。しかし中身は同じものだった。

前から思っているのだが、この『秦山集』を私がスキャンしてネットに流したら違法なんだろうか?もちろん私の手持ちの本をスキャンするので、いちおう本そのものは私物のはずだ。それに『秦山集』の執筆者は秦山先生だし、編纂に関わったものも息子の垣守と学友の美代重本だから(江戸時代中ごろの人)、いまさら著作権の保護期間もなにもない。谷干城にしても没年が1911年だから問題あるまい。版面にしても明治のものだから50年は遠く過ぎている。

気になるのは、明治刊本の『秦山集』は松本豊多という人が関わったらしいのだが、その人のことがよく分からない。どうやら国会図書館も分からなかったらしく(たまに調べ損ないもあるけど)、同氏の『左伝蒙求 標注』が文化庁長官裁定で公開されている。まあ『左伝蒙求 標注』は注の執筆者だから、『秦山集』の整理を手伝ったというのとはわけが違うけども。もう一つ、そもそも『秦山集』には原本がある。その原本との関係はどうなるのだろうか。でも大学だって自分とこの線装本を画像にして平気で流してるのあるしなあ。

別に流そうが流すまいが、私が『秦山集』を見るのに困るわけでもなし、どうでもいいのだけど、ふとそんなことが頭を過ぎった。

そういえば秦山先生にはこれとは別に『秦山日抄』というのがある。『秦山集』は人からの聞き書きだが、『日抄』は秦山が重要だと思った箇所の書き抜きだ。山内文庫に所蔵されている『日抄』は二種類あり、そのうちの一つは非常に美しいもので、垣守の心のこもった跋文が附されている。もっとも『日抄』に抄写された書物を容易に見られる現在、抜き書きそのものにはあまり価値はなく、秦山研究の跡を窺い得るにすぎない。それに秦山マニアや歴史研究のために読むわけでもあるまいに、不必要に瑣末なことをするのも労多くして益少ない。


そうそう上の著作権(?)について何かご意見いただける場合はぜひお願いします。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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