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本このごろ

書虫の近刊新刊案内みてたら面白いのがいくつか見つかった。備忘録がてらに抜き出しておこう。


清代中琉関系史研究-中琉関系研究叢書

知らなかった。『中琉関系研究叢書』というのが出ていたのか。書虫でバックナンバー(?)を調べると他にも出てきた。意地悪く全部あげてやろう。

明清士大夫与琉球-中琉関系研究叢書
明清時期中琉友好関系歴史遺存考-中琉関系研究叢書
中琉関系史料与研究-中琉関系研究叢書

いずれも2500円もするらしい。全部買えば1万もする。私の懐具合では買えないな。まぁ、こういうのは国から金もらって研究している人々のうちの誰かが研究しているはずだから、その人間の発言を聞けばいいのではなかろうか。問題はその人間が政治的に偏った考えを持つ人間であると有害でしかないということだけど。

しかし歴史的な立場から現代の問題を考えるという態度は、断然きっぱりと棄てなければならない。歴史がどうあろうと、それだけのはなしで、なんの効力もなければ価値もない。現実を支配するのは現実の力だ。もちろんその力のなかには観念も入るので、過去をうまくちらつかせることで、物事を損な方にも得な方にも動かせるのだが、そういうものは所詮空想だから、断じて切り捨てるべきだ。歴史認識とかは笑って済ませればいい。そういうものは政治的に無価値なものにしなければならない。

まぁどうしても歴史の問題をいいたいなら、中国人はチベットやウイグル地区は当然にして、はやく東北部から出ていくべきじゃないか。あそこは清とか金の領土でしかないだろう?あるいは長江以南からも出て行くべきじゃないか?あそこは野蛮人が住んでいた土地だろう?あるいは日本政府は元寇の慰謝料をモンゴル政府にでも求めたらいいんじゃないか?書いていてばかばかしくなってきた。

そうそう聞いた話によると、世界史を教えている人が「秦の始皇帝がはじめて中国を統一した。……秦の領土は現在の中国と同じくらいの大きさです」というようなこと(もうすこし表現はうまかったけど)と仰ったそうな。......始皇帝の領土ってどんだけでかいんだよ。

蜀学-第5輯

おぉ、蜀学も第五輯まで出ていたのか。二輯までは買った記憶があるけど、金がなくなって買うのを止めたんだった。そこそこ面白い雑誌(?)ではあるけど、若干有名人の論文を再掲しすぎなのが玉に瑕。でも地元ならではというのはある。え?当然四川人は褒められてますよ。

ちなみに中国経学-第6輯も何ヶ月か前に発売された。こちらは数少ない購入雑誌の一つ。いつもよりずいぶん値段が抑えられているので努力したのかと思ったら、何のことはない、頁が少ないだけだった。今回は巻頭の「王制辨證」(洪誠氏の遺書)が目玉で、あとはびっくりするような論文はなかったように思う。「王制辨證」は書き方が古風だから余計にそう思うのだろうが、懐かしい感じのする論証だね。でもさすがに中国の研究だけあって、日本人のような孫引き臭さがなくていい。

知らなかったけど回族典蔵全書(全235册)というのがあるんだ。ふーむ。値段もすごい。政府公認の資料集というのが引っかかりはするが。そういえば回族の研究している人がいたなあ。こういう研究は価値がある。

何気なく目録を見ていたら左氏春秋義例辨(重訂本)(上下)-陳盤著作集というのもあるらしい。左氏春秋義例辨というのは日本の終戦直後くらいに出版されたものが初版だったと思うが、その後で改訂本が出た。上の本は大陸から著作集の一つとして出版したようで、「重訂本」と銘打ってる。何か発見でもあって改訂したのだろうか、などと一瞬興味をそそられたけど、Webcatをみたら底本は原本(ないし改訂本)と同じだと書いてあった。

左伝の正体は何か!というのが晩清経学で問題になったけど結局分からなかった。でもそれも当たり前のことで資料が決定的に足らないのだ。最近は出土資料も増えてきて、この種の問題解明の可能性がほんのわずかだけ増えた。ただ出土資料も多いように見えて、活字数は恐ろしく少ないから、どれほど確定的な結果が出るかは頗る疑わしいと言わなければならない。もちろん出土資料が本物であって、一つの偽作もないということが大前提だけども。

とはいえ、出土資料の関係から孔子家語は本物だとのたまう人が中国に増えてきている。これは使える。どうせ嘘でも本当でも大した違いはないのだから、「最新の研究によって本物であることが分かった!」とか「孔子家語を読めば孔子とその弟子たちとの日常に肉薄できる!」とかあおり文句をつけておけば、なんとなく『論語』の副読本ということで凄そうに見えるような気もしないでもない。

孔子家語がホンモノだとのたまう学者のものに孔子家語通解(楊朝明)がある。この本は力作だ。たしかに力作ではある。が、どうもね、孔子家語=ホンモノを前提に議論を進めてしまうものだから、孔子家語本文と類似する関係文書を列挙せず、「某々にも類似の文あり」みたいな表現で済ませてしまうのはいただけない。たしかに孔子家語には疏證があって、二度も三度も必要ないということかもしれないが、やはりホンモノを主張するなら、単に書誌学的なものだけでなく、本文の関係も一つ一つ明らかにしてかなければならなかったと思う。

むかしは印刷の関係でカラーで出版するのも難しく、また編纂も大変だったと思うが、最近はhtmlやpdfでテキストデータなんて簡単に作れるのだから、孔子家語も全文をテキスト表示して、重複部分を色分けで表示するというようなことをすれば、もっと類似文献との関係が分かりやすくなるだろう。とはいいつつ、私もいちどこれを実践しようとして、時間がかかるのでやめたのだった。

もっとも資料が少ない時代は想像できる幅が大きいから、たしかにロマンのようなものはないではない。たとえば武威から出土した儀礼は大戴とも小戴とも現行本(鄭注)とも異なるので、竹簡の時代から推測して、慶氏礼ではないかと噂された。これが正しいか否かはなかなか判断できないが、長らく存在しなかった漢代の経書であることに変わりはなく、経学をする人間が興奮するのも当然でもあり、また本当に慶氏なのかどうかといろいろ想像を逞しくするのも分からないではない。

参考:武威漢簡《儀礼》整理与研究

そういう意味で古い時代はおもしろいというのは嘘でもあるまい。もっとも私は同じ古いにしても宋代くらいの中途半端な古さの方が好きではあるが、これは個人の好みだろう。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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