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欧陽修君と劉敞君の趙盾弑君をめぐる問答

欧陽永叔(欧陽修)、「春秋経には『趙盾、其の君を弑す』とあるが、これは『弑』を加えたのだろうか、それとも本当に『弑』したのだろうか?」

劉子(劉敞)、「加えたんだ」

永叔、「なぜ加えたのだろう?」

劉子、「賊の正体が分からず、賊を討てなかったのなら、しかたない。賊の正体を知っていても、討つ力がなかったのなら、それもしかたない。しかし賊の正体を知っており、それを討つ力をもちながら、親類や仲間だというので見逃したというのなら、そのものは『君を弑した』と見なせよう」

永叔、「いまここに殺人を犯したものがおり、有司が意図的に逃したとしよう。その場合、有司が殺人を犯したと言えるだろうか?」

劉子、「いいや、言えない。君主のことを一般人に当てはめることはできない。大臣の君主に対するものは、有司の一般人に対するものとは違うだろう?君主と親とに関わることだから、聖人は『弑』を加えたんだ。加えたにも関わらず、なおも世の乱れは止まなかった。ましてや加えなければどうなったことか。『書』にいうところの『事を議するに制を以てす』というやつだな」



これによると欧陽修君も趙盾弑君の解釈に迷っていたらしい。で、劉敞先生にお伺いをたてたら、いかにも専門家らしい回答が返ってきた。欧陽修君がこれに満足できたかどうかは知らないが、春秋論中では趙盾が殺したとわめいている。はたしてこの問答が先なのかどうか。ちなみに劉子の方が永叔よりも一回りほど年少だったりする。劉敞はいつも自信ありげなのでこういう訳にしてみた。

まあ弑君にはいろいろな解釈があるので、劉敞の立場も欧陽修の見解もおのおのの意見ではあり得る。趙盾氏弑君の事件は、経文に「趙盾、其の君夷皐を弑す」と書かれてあるのに、伝には夷皐を実際に弑したのは趙穿という男だったとある。この場合、経文を信じて趙盾が弑したと見るのか、それとも伝を信じて趙穿と考えるのか、宋代で意見が分かれた。

実際これはなかなか難しい問題で、経文というのはそれなりに古い文章だから、経文の方が正しく、伝はちまたの伝説に過ぎないとも言い得る。別段、記事が長い方が正しいわけではない。だから経文と伝文という孰れも来歴ある文献の場合、そのどちらが正しいのかは、正直なところ、判断できないといってよいだろう。もっとも経文を否定すればそれで真実が分かったつもりになれるような戦前的な思考の人は分からないが、常識で考えて、経文の記述を否定するだけの力を伝文がもつわけではない。もちろんその逆も成り立つ。

それはともかく、経文を重視して、趙盾が夷皐を弑したと考えるにしても、ここにも幾通りかの解釈が生まれる。まず単純に趙盾が夷皐を弑したという文面を是認する立場。これは分かりやすい。次ぎに、上の劉敞のように、実質的に趙盾が夷皐を弑したに等しいから、趙盾が夷皐を弑したとする立場。これを説明するために昔の人はいろいろ頑張った。劉敞のように、国の正卿でありながら、賊を知りそれを討つ力をもちながら看過したものは、弑君の賊と等しいから「夷皐を弑した」と見なし得るという立場もあり得る。これは別の人の表現を借りると、そもそも弑君とは何かということでもあり得る。

例えば明智光秀が織田信長を暗殺したといっても、別に明智光秀が織田信長の首をちょん切ったわけではない。暗殺という事件の首謀者であったから、そういわれるのだ。この関係は事件がもう少し複雑になるとややこしくなる。AがBを唆し、Bが首謀者となって君主を弑した場合、Bはもちろん弑君の賊ではあるが、果たして「真の」首謀者はAであろうかBであろうか。これは楚の国で起こったことであるが、こういう場合の弑君の賊の指定はなかなか難しい。

この種の類推を趙盾弑君の場合にも当てはめ、趙盾は趙穿に夷皐を弑させた、すなわち趙穿の意志はともかく、実質的に弑君は趙盾の主導で行われた。ならばこの夷皐暗殺の首謀者は趙盾でなければならず、経文が趙盾其の君夷皐を弑すと書くのは事実を正しく書いたものだと言わなければならない、という立場も生まれる。

ああだこうだと春秋学者はこりもせず理屈を並べたがるものだが、つまるところ、春秋経は孔子が作ったものだから絶対に正しいはずで、その正しい理由を見つけるのが学者のつとめだというところに、彼らをしてそうせしめる原動力があるのだろう。その原動力に魅力を感じられないと春秋学なんてアホくさくてやってられないけど、そこに魅力を感じると引きつけられてしまう。人それぞれだね。税金で研究しているわけでなし、好きな人間どうしやっている分には問題あるまい。今も昔も。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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