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論語仲間++

私信:ぶじに到着されたようで何よりです。


論語は漢代から尊敬の的だったので、論語類というよく分からないジャンルが設けられていた。いや、正確に言うと、漢書芸文志に論語という項目があるので、漢代から項目分けされるほど尊敬されていたんだなーという話ではあるのだが、ともかく、漢書芸文志にはそういうジャンルがある。純然たる経書春秋の後に配されているところをみると、やはり準経書という扱いなのだろう。

その漢書芸文志の論語類を列挙すると:

論語古二十一篇(出孔子壁中。兩子張)
斉二十二篇(多問王、知道)
魯二十篇、伝十九篇
斉説二十九篇
魯夏侯説二十一篇
魯安昌侯説二十一篇
魯王駿説二十篇
燕伝説三巻
議奏十八篇(石渠論)
孔子家語二十七巻
孔子三朝七篇
孔子徒人図法二巻

論語古というのは古文論語、斉二十二篇と魯二十篇はいわゆる斉論と魯論で、斉に伝わった論語と魯に伝わった論語を指す。斉説以下、燕伝説までは、論語の解説書。議奏は石渠での議論をまとめたもの。で、次に孔子家語と孔子三朝があり、最後に孔子徒人図法というものが並んでいる。私が好きな孔子家語は孔子学派の言葉で、三朝記は哀公に三たび朝したときの言葉らしく、政治から軍事にいたるまで幅広く論じたもの。孔子徒人図法は書名からして孔子とその弟子の図なのだろう。

現行本の論語は魯論に斉論と古論を加味したもの、それらに付随していたらしい上の解説書はすべて現存せず、詳細は分からない。石渠閣の議奏と孔子徒人図法も残っていない。ところが不思議なことに孔子家語は胡散臭い本としていちおう残っており、孔子三朝記も残っているといえば残っている。ということで、論語の解説書とか図とかいうのはともかく、論語ご本尊とその羽翼たる孔子家語と三朝記がなんとなく残っているというのはなかなか面白い。

そうそう、家語はパチモンだというなら、三朝記からも孫引きしてるのかと思って、昨日の夜中に雑然と孔子家語の出典をチェックしてみたところ、三朝記からの引用はないようだった。いや、厳密に調べていないので断定できないが、なんとなく見ただけだとないような気がした。もし家語に三朝記からの引用がないとすると、家語がホンモノであれば当然にして、偽物であっても王肅とてそれくらいの計算はしていたということなのかもしれない。家語と三朝記はもともと別モノだったのだから、家語に三朝記がバカバカ引用されていたらおかしいですもの。

ちなみに寝る直前に三朝記をぱらぱら捲ったら、あまりのつまらなさにすぐ寝ることができた。ありがとう三朝記!

という、こちらもどうでもいいはなし。


なんとなく余計なことを書いておこう

小説や新聞読む生徒、読解力で高得点…学力調査

アホくさ。「小説や新聞を読む生徒の読解力得点が高いことがわかった」らしいが、仮にそれが正しいとして、小説のおかげですか?それとも新聞のおかげですか?

刑法はなかなか冷酷でおもしろいな。法律の本を読んでいると経書の解釈を読んでいるような気になってくる。むかしの儒学者(経学者)は法律家を兼ねたりしたから、律令と経学に親近性があるのは何となく分かるが、現在の法律の解説書を読んで親近性を感じるとは思わなかった。条文の素直な解釈を前提に、現実問題に妥当な判断を下すところが類似しているのかもしれない。

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