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雑記

1.孔子平和賞
2.早稲田大学孔子学院叢書
3.陸軍刑法
4.信じるべきは民の声
5.よーわからんが

※以下本文

1.孔子平和賞

よくまあこんなつまらないこと考えるものだ。が、それはそれとして、尚古思想は退行思想ではない。なぜならここでいう古とは進歩史観における古代を指すのではなく、人類普遍の道理を体現した時代を指すからだ。古代は現在であり、現在は古代であり、古代と現在は時間的に循環する関係にある。まあ、いまのところ日本人が嬉しがって孔子平和賞を褒める必要はないが、褒めて儲けでもあるなら、そのときは絶賛しておけばいい。ああそうそう、私は進歩史観が嫌いだよ。それに人類普遍の道理があるとも思っていない。

2.早稲田大学孔子学院叢書

というのがあるらしい。その一冊に21世紀に儒教を問うというのがあり、早稲田大学の学者と中国の学者の論文(啓蒙書?)が収録されている。孔子学院というのが鼻につくものの、儒学の今後を問うた興味をそそる内容であり、収録論文のことは外においたとしても、なかなか考えさせられる書物ではあった。で、この本とは別に、漠然と思ったことを二つほど書いてみる。

一つ目は日本の研究者の態度。儒学の今後を問うのであれば、当然ながら「過去の儒学はこうであった」では済まされず、これを論ずる研究者は、今後の世の中を予見し、それに対する自己の立場を明確にしておく必要がある。しかし従来の日本の中国思想研究はこの態度を前提の内に否定してきたものだから、儒教の今後といった現実問題に対して有効な回答を出せないでいるように思われる。

要するに、いままでの研究者は、「私はこれこれの立場で過去を解明し、これこれの現実的成果を引き出した」ということをしないで、「むかしむかしにこんなことがありました、ハイ、お終い」みたいな研究を絶賛してきたものだから、現状に対する認識などあり得るはずはなく、あったとしてもせいぜい研究室や大学どまりになっているように見える。だから「儒学の今後」というような研究室や大学の外のことを考慮しなければならない問題になると、従来の精緻な歴史研究も単なる「過去に詳しい」程度のものに成り下がり、ほとんど意味のない知識になってしまう。

今後、この分野の研究者がどのような方向で研究を進めていくのか知らないが、現実問題を語るつもりならもっと専門分野以外のことを知らなければならないだろうし、そもそもそれ以前に、自分の立場をはっきりさせないと駄目だろう。公平中立が成立する世の中でもあるまい。

もう一つは本の中にも出てくる経書の精神というやつで、経学は経書の精神を理解することが大事なのだ、単に文字づらだけを読んでいても意味がない、というよな感じのもの。日本はいうに及ばず、中国においても経書に書かれた内容をそのまま盲信する輩はほとんどいない。たまに井田法を現在に実施する!という凶悪な思想をもつ人が現れるが、実現する前に失敗するのが落ちなので、常識的には、儒学者は経書の精神をつかみ、それを変幻自在の現実にあてはめることになる。

そのように抽象化してしまえば、たしかに日本の経学も中国の経学も同じようなもので、日本にも儒学があるとか、経学があるとかいう議論にならないではない。が、日本人(おもに江戸時代)のやっていた経学とか経書の精神とかいうものは、やはり中国のそれとは大いに異なるのではないか。日本人の研究者にも礼の器物を研究する人はいるし、経学の技術に焦点を当てる人はいるが、数的に少なく、ほとんどは経学者の「思想」というよく分からないものを研究対象とする。あるいは「歴史的意義」を研究対象とする。しかしいわゆる経学というものは、経書や経学者から抽象した結果を説明するものではなく、経文とともにそれを説明することに意味がある。具体的経文を離れて抽象してもそれは経学でも経学の精神でもなく、単なる思想にすぎない。

日本人の研究というのは、経書にいいことが書いてあった、都合の悪いことも書いてあった、だったら都合のいいところだけ利用すればいい、だって都合がいいということは正しいということだからだ、というようなことをやって、経書の文字を離れて一部の主張だけを切り取り、それを集めて抽象的な観念をつくってしまう。そしてそれを経書の精神だとか経学説だという癖がある。だからこうして抽出された経書の精神は、容易に類似の他の思想と融合し、神道とくっついたり、仏教とくっついたり、よく分からない作用を引き起こし、挙げ句の果てに、経書の精神から経書を批判するという意味不明なことをやり出すのだ。

まあそのあたりは日本的だといえばそれまでだけど、だからこそ日本に経学があるのかといわれると、少々引っかかるものがある。もちろん個別特殊には日本にも経学者はいるけども。

そうそうこういう日本経学の特徴は、例えば論語を読むといいながら、その実、論語について書いた本(あるいは解説)を読んで論語を読んだ気持ちになるというところにも現れているのかもしれない。

3.陸軍刑法

中野文庫‐陸軍刑法

日本も軍隊を持つようになればこういう物々しい法律が再び登場するのかね。この分だと日本が軍隊を持つのも遠くないような気がするな。まあそのときまで私が生きているかどうかは知らないけど。しかし、軍隊の話はともかく、憲法は改正した方がいい。もう時代にあってない。いつまでも山川の詳説政治経済研究みたいなのが幅をきかせてるから高校生に悪い影響を与えるのだ。

4.信じるべきは民の声

欧陽修君の言葉だけど、一つお伺いしたいのは、民のうち40%が反対して60%が賛成した場合、民の声は賛成とみていいのでしょうか?それとも反対なのでしょうか?士大夫の脳みそは驚くほど単純に出来ていると見える。

5.よーわからんが

春秋もおもしろいと思うが、やはり礼をもっと研究しておけばよかったと感じるようになった。いまさら研究を始めても結論が出る前に死ぬだろうから、かえって悔しいのでやらないでおくが、礼は必要なんだなあ。礼といえば儀礼と周礼で、どちらも儒学的世界観をよく表している。だからどちらも魅力的ではあるけど、私としては儀礼の方に牽かれる。特に喪礼とか。でも、一般的には周礼の方が喜ばれそうだな。春秋左氏伝は岩文で全三冊だから、儀礼や周礼だと二冊くらいだろうか。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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