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去年までスーパーの建ってた土地で埋蔵物の調査をしていた

各地で開発が進んでボコボコ出土資料が出るのは、たぶんその通りだろう。この狭い日本、開拓し尽くした感があるのに、古い歴史をもつところからボコボコ余計なものが出てきて開発の妨げになるのを見ると、中国のような超古い土地からやたらと珍奇なブツが出てくるのは当然といえば当然のことといえる。

が、そういうのが出てくるのと一々の真偽とは別物であるし、そもそも出土物を完全に把握できていない状態で、分かっても分からなくても人類になんの貢献もないような仮説をボコボコ立てるのとは意味が違う、と思う。それも中国人がするのなら分からんでもないが、なんで日本人がそんなものの尻馬に乗ってやらねばならんのだ。やりたいなら趣味でやればよろしい。

趣味人が気にするのは大いに結構なことで、その意味であれば私も興味がある。例えば、尚書っぽいのはどんな内容だろう?とか。しかしそんなものは日本人が研究しなくてもいずれ中国人が外に見せびらかしたがるだろうから、ぜんぶ丸投げしておけばいいのだ。

たまに研究は自由であるべきだというような寝言を吐く学者がいる。もちろん研究に国境があるのは真理に国境があるのと同一で、まったく耳を貸す必要性すらない言葉だが、かりにそうだとしても、それならそれで中国人が研究しても何も問題ない。でしゃばって日本人が研究する必要もない。こういう寝言を吐く奴に限って自分の手持ちの資料は見せようとしない..........というのは関係ないからまあいいや。

つまりですね、この前のは、出土資料が出てくるのは構わないし、それに価値(?)があるのもかまわない。中国から価値のあるもの(=お金になるもの)が出てきたり、古いものが出てくるのを必死に否定する必要も義理もない。が、今のところボコボコ立てられている仮説は、本当に一々真偽を確認したものか奇しいところが多いし(膨大な出土物からチョビッと取り出して年代測定したなんてのは論外だ。特に盗品の場合)、まだまだ出土物が出てきそうなときに、われ先に無意味な仮説をぼんぼん立てられるのも迷惑だというに止まる。大前提として分かっても分からなくてもいいものなのだから、資料が出そろって、中国の学者様がご立派な学説を吹聴し尽くすまで待って、おもむろにそれらを右から左に流せばいいと言いたいのです。

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かつては春秋学・宋代史・南学(秦山関係)関係の記事を中心に書いていました。最近は開店休業状態で、数ヶ月おきに思いついたことを書いてます。

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