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春秋左伝正義2

作伝の機縁については、「〔丘明は〕みずから国史を修めた」とする劉知幾の発言(*10)が最も理に適っている。疏は「『大事は策に書す』は、経に書かれたものである。『小事は簡に書す』とは、『伝』に記されたものである」という(*11)。なるほど『晉史』の記された趙盾のこと、『斉史』に載せられた崔杼のこと、さらには殖の所謂「我が名は諸侯の策にある」というその記述は、いずれも経の文体と一致している(*12)。また『墨子』によると、周の『春秋』は杜伯のことを載せ、燕の『春秋』は荘子儀のことを載せ、宋の『春秋』は𥙐観辜のことを載せ、斉の『春秋』は王里国と中里徼のことを載せるというが、その文体を検するに、いずれも『伝』と一致している(*13)。経と伝のいずれにおいても国史をもとに作られたことは、これらの証拠から明白である。そうだとすれば『伝』をなみして経を解釈にするのは、わざわざ近しいものを棄て、却ってこれを遠きに求めるに等しいおこないだと言えるだろう。

『漢書』芸文志には「春秋古経十二篇、経十一巻」とあり、その注には「公羊と穀梁の二家のもの」とある。すなわち左氏の経文は宮廷の蔵書目録になかったことになる。しかし杜預の集解序には「経の年と『伝』の年とを相附し、その主旨を比べ、各々にもとづいてこれを解釈した」とあり、陸徳明の『經典釈文』にも「もともと夫子の経と丘明の『伝』は別行していたが、杜氏が経と伝を合わせて解釈した」(*14)とある。ならば『左伝』にはおのずと経があったことになる。そこでふたたび『漢書』芸文志の書き方を調べると、さきに「古経十二篇」と記すからには、これに続けて「経十一巻」と記すのはおかしいことに気付く。また公羊と穀梁の二伝はいずれも十一巻であり、〔芸文志に載せる〕「経十一巻」に一致する。ならば「経十一巻」は公羊と穀梁の経とみなし得る。だから芸文志には「公羊と穀梁の二家のもの」と注されていたのである。さらに徐彦の『公羊伝疏』には「左氏は公羊に先だって竹帛に著された。だから漢代の学者はこれを古学といった」とある(*15)。つまり芸文志にある「古経十二篇」は左伝の経を指すのであり、それ故にこそ「古」の字が添えられたのだ。以上のことから、『漢書』を印刷したものが、もともと二条であったものを、あやまってひとまとめにしてしまったことが分かるのである。左氏の経文を二伝のそれと比較した場合、いずれも左氏が優れている。ここからも竹帛によって伝えられた本(テキスト)の方が、口授によって伝えられたものよりも正確であることが分かる。

『左伝』の注解として、孔奇と孔嘉の学説(*16)は久しき以前に佚して世に伝わらず、賈逵と服虔の学説もまた他書に断片が散見するのみであり、現存する最古の学説は杜預の注と孔穎達の疏である(*17)。杜預の注は『左伝』を重んずるあまり、強引な経書の解釈が多く、孔穎達の疏も杜預の正当性を立証せんとするあまり、劉を不当に貶めるところが多い(四庫官注──劉は『規過』を著して杜預の集解を批判した。しかし孔穎達らの疏は、劉の駁正部分をことごとく否定している)。この傾向は自己の専門を篤信しすぎたことによるものであり、当然ながら欠点の一つとしなければならない。しかし注と疏があればこそ、左氏の意味するところが明らかとなり、左氏の意味するところが明らかになってこそ、春秋二百四十年の善悪の跡もまた一つ一つ証拠だてられるのである。後代の学者はことさらに思い上がり、憶説でもって褒貶を口にする。しかし『左伝』あることにより、かえってその誤謬を指摘できるのである。つまり漢晉以後は『左伝』によって春秋の意図が明らかになり、宋元以降はこれによってさらに憶説の誤謬を指摘することにもなったのである。『左伝』と注と疏とは、ひとしく春秋に功あるものと言えるだろう。

(*10)『史通』鑑識篇の言葉。ただし『史通』本文は「躬為魯史」に作る。
(*11) 杜預の「大事書之於策、小事簡牘而已」(集解序)に対する『正義』を指すのであろうが、このままの表現では記されていない。
(*12) おのおの『左伝』宣公二年の「趙盾弑其君」、襄公二十五年の「崔杼弑其君」、同二十年の「孫林父、殖出其君」を指す。
(*13) いずれも『墨子』明鬼下所載の事柄を指す。
(*14)『経典釈文』巻十五に見える。
(*15) 経伝解詁序の疏に見える。
(*16) 『後漢書』列伝三十一の孔奇伝および孔嘉伝に各々『春秋左氏刪』および『左氏説』があったとする。なお左伝学派の系譜を論ずる場合、賈誼や劉歆から始めるのを通例とし、孔奇や孔嘉の名を持ち出すのは異例である。
(*17) 注と疏はおのおの杜預の『春秋経伝集解』と孔穎達らの『春秋正義』を指す。

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